三升屋、鱗形屋の二人は伊豆の国からのお隣り同士。お互い頼朝公への想いも同じなので、たいへんに仲が良く、朝夕いっしょに酒を酌み交わして気さくなつき合いをしていた。
──が、お互い心の底では…
平右衛門『北条の姫君の病気が治ったのは、ひとえに切りもぐさのおかげ。だから我が功がバツグンのはず。孫兵衛の及ぶところではない。なのに自分だけの手柄のように言いふらすのは、はなはだキッカイなり!』
孫兵衛『姫君が灸を据えとげたのは、我が絵草紙をご覧なさったからで、ひとえに絵草紙のおかげ。それを平右衛門が自分ひとりの手柄のように言いふらすは言語道断!』
…などと思っていた。
すると、二人が酒の席でまどろんでいるときに商売物の精霊が現れ、戦さの相談を始めてしまう。
もぐさの精霊の戦さ評定。
「輟耕録の十三科にも、すでに鍼灸科がある。もぐさの効能は『もっとも大にして、よく病いを除く』だ。だいたい、どんな書にも絵草紙を見て病いを治すなどというバカなことは書かれてない。なのに鱗形屋がおのれの手柄などと言いふらすこと、キッカイ至極なり!
この機を逃さず絵草紙の陣に押し寄せ、一揉みに揉みつぶさん!!」
絵草紙の精霊の戦さ評議。
「とにかく、このままではすまされぬ。戦さなくては、おさまらん!
およそ百人が百人、若い女に灸が好きなのと芝居が嫌いなのはいない。その灸を退屈せずに据えられたのは、我が功である。お堅い文字だらけの本とちがって、絵草紙とくれば芝居の桟敷や切落しにも引けをとらないお楽しみ。
『病いは気から』と言うから、こっちの癒しのほうが重要で、もぐさ屋ごときの出る幕ではない!!」
<精霊の紋>
「薫臍」「千梃入」「切艾」
「古状」「正本」「青本」「黒本」