山内屋孫兵衛も、時政から三つ鱗の定紋をもらい、江戸の大伝馬町三丁目へ引っ越した。屋敷内へ池洲稲荷を勧請し、もぐさ屋と軒を並べて 鱗形屋孫兵衛と名乗る。
絵草紙問屋の元祖と仰がれ、多くの絵草紙や一枚絵を仕込んで諸国へまわし、日を追うごとに繁盛して今の世までも富み栄える。
使用人「来春の新板は、どれも出来がようござります。これでちょうど十箱くくりました。」
孫兵衛「まず少し休め、休め。」
<看板>
「三升増鱗祖」春町 作
三冊
「親敵討腹鼓」喜三二 戯作 春町 画
二冊
「桃太郎後日咄」同 作 同 画
二冊