お江戸のベストセラー

三升増鱗祖みますますうろこのはじめ

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三升増鱗祖 02

むかし、近江国の伊吹山いぶきやまのふもとに永持道意ながもちどういという者がいた。もとは藤原氏に縁のある男だが、保元の乱を避けてこの地に引っこみ、伊吹山のヨモギでもぐさを作って商売をしている。
ある日、道意はもぐさ作りに疲れてウトウトしているときに、不思議な夢を見た。

「よいかな、よいかな。私は、伊豆国の山内屋という者の地に住む池洲いけす稲荷いなりである。
汝に告げる──。
今宵、義朝の三男坊の頼朝がこの地へやって来る。彼には、ゆくゆく天下を治め世に泰平をもたらす大物の相があるが、彼を助けて面倒をみれば……汝の行く末も大当たり! よいな、ゆめゆめ疑うでないぞ。」

注釈

伊吹山
滋賀県の最高峰。もぐさの名産地。
保元の乱
平安末期に京で起こった政変。平清盛や源義朝(頼朝の父)などの武士勢力が台頭した。
池洲稲荷
今も日本橋のビルの谷間にひっそりと鎮座する神社。江戸時代に小田原から遷されたといういわれがある。
→池洲稲荷
頼朝がこの地へやって来る
保元の乱の後に起きた平治の乱で義朝は清盛に敗れ、子供たちと共に京を脱出し関東を目指す。その途中、伊吹山の近くで少年頼朝が一行とはぐれてしまう。