のごとく目斗きよろつきて鼻の下の一しほ黒[き]もをかしく、追々湯に入[つ]て後、初[め]てもとの人間になりたる様にぞ覚ゆ[る]。次第に暦も人の心もせまりて、道行[く]人の足も跡から追[ひ]来る人も有やと見ゆるばかり。町々には売物の山草、折敷、ほんだはら、はご板、何やかや、かちぐり、浅草市の人だかり。節季ぞろのせはしなく、餅つきのかしましき中にも親出合の年忘、拳酒の九十。めつたに手をひろげても義太夫ぶしの五段目、大三十日までかたりつめては八人芸でも間に合[は]ず、ソリャ獅子も浮いて
来ず。掛乞は皮財布を膝に敷[き]て達磨のやうな目をむき出し、九年面壁の居催促。あてはなくてもまだ寄[ら]ぬとの一寸のがれ、此時に至[つ]ては愚なるも富[め]ル者はさかしく見へ、賢も貧は愚なるが如シ。節分の狗骨、鰯の頭も信仰からとはいへども、豆に逃[ぐ]る鬼ならば来りたりともまた何事をかなさん。やく仏の西の海は十二文の悪事災難有[つ]たとて邪魔にもならじ。悪夢を喰ふとは云[ひ]伝[ふ]れども獏の糞を見た者なく、家々に敷[い]ては寝れども宝船に船大工もなし。思ひ付に形を画て身勝