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風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)

原文(巻之二)

風流志道軒伝 巻之二 11

▼開

のごとく目斗([ばかり])きよろつきて鼻の下の一しほ黒[き]もをかしく、追々湯に入[つ]て後、初[め]てもとの人間になりたる様にぞ覚ゆ[る]。次第に暦も人の心もせまりて、道行[く]人の足も跡から追[ひ]来る人も有やと見ゆるばかり。町々には売物の山草、折敷(をしき)、ほんだはら、はご板、何やかや、かちぐり、浅草市の人だかり。節季(せき)ぞろのせはしなく、餅つきのかしましき中にも親(したしき)出合の年(とし)忘(わすれ)、拳酒(けんざけ)の九(きう)十(とふらひ)。めつたに手をひろげても義太夫ぶしの五段目、大三十日までかたりつめては八人芸でも間に合[は]ず、ソリャ獅子も浮いて

来ず。掛乞は皮財布(かわさいふ)を膝(ひざ)に敷[き]て達磨(だるま)のやうな目をむき出し、九年面壁(めんへき)の居催促(さいそく)。あてはなくてもまだ寄[ら]ぬとの一寸のがれ、此時に至[つ]ては愚なるも富[め]ル者はさかしく見へ、賢(かしこき)も貧(まずしき)は愚なるが如シ。節分の狗骨(ひゝらぎ)、鰯(いわし)の頭も信仰からとはいへども、豆に逃[ぐ]る鬼ならば来りたりともまた何事をかなさん。やく仏の西の海は十二文の悪事災難(さいなん)有[つ]たとて邪魔(じやま)にもならじ。悪夢を喰ふとは云[ひ]伝[ふ]れども獏(ばく)の糞(ふん)を見た者なく、家々に敷[い]ては寝れども宝船に船大工もなし。思ひ付に形を画(ゑがき)て身勝