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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之二)

風流志道軒伝 巻之二 07

ば、風流の若者は魂のおり所を知らず。コリヤマタ組がはり込[み]も、いま/\しい程美しいと云[は]れぬ世話をやき餅も、歯にこたへて来る時分は、もふのらつきも廿日正月。柳は色をふくみ、梅は香をはき出す。鳥のさへづりさわやかに、東風こち[く]空の長閑のどかなるを、ふりさけ三輪みわの神ならで、いとゆう/\と吹[き]すさむ風巾たこの数々は天をいろどり、垣根かきねにはなづな蒲公英たんぽゝの花盛なるに隣の様もうかれ出し、涅槃ねはん参の数珠じゆず袋にへそくり金のそこをたゝき、彼岸ひがんといへば只だんごとのみ覚[え]たるもおかし。

白酒売りの聲春めきて、十軒店のわたりどよみ出せば、菱餅ひしもちのこしらへいそがしく、鶏合とりあはせの人だかり、汐干しほひはまぐり、まだふみも見ぬあま法師まで梅若参、我一とまつさきの田楽でんがく焼野やけのきゞすほろゝ打つ。昨日きのふ今日けふ移行うつりゆく飛鳥山の花盛に、染井のつゝじ色を争ひ、毛氈もうせんにじ道にたなびき、掛香の匂ひは草に残る。鋲乗物びやうのりもののしとやかに、つなぎ馬の不遠慮なる、聲色こわいろ浄瑠璃じやうるりのかまびすしき。なま酔のうでまくりと未熟みじゆくなる詩歌発句に、あたら桜をけがさんよりは、只友どち打[ち]