なれば富[め]ル人々は冬籠の炬燵に薬喰の用心するさへ、手水鉢の檜杓も氷にとぢられ、軒の氷柱は剣を逆に植[ゑ]たるがごとくなれば、おのづから寒気にあてらるゝに、其日のいとなみ事しげき者は、さま/\の業に雪氷をもいとはず、西を東、南を北と立[ち]さはぎ、手足にはひゞあかぎれ、我身を損ずるをもいとはず。或はつよき力わざする者なんどは、かゝる寒時さへ肌をあらはし汗をながし、わづかの価の為に使はるゝ下ざまの世渡を貴キ人は思ひはかるべき事にぞ有ける。わけて煤払のそう/\しき、布子の
上に単なるを引[つ]ぱり、常は事たらぬ道具なれども、かゝる時は多きやうに覚ゆるを手々に持[ち]はこびて、御祓は屏風の内に鎮座まし/\、持仏は半櫃の上に来迎あり。用にも立[た]ず、捨[つ]るにもをしかりしものなんども渋紙に包込れ、久敷く見へざりし器など物のそこより出[で]たるも嬉しく、または全道具を持[ち]はこぶとて損じたるを我は知らぬなんど下部はとがをゆずり合[ひ]。畳のごみもたゝき仕舞て、諸道具片付[け]たるさま、さながら清らには見ゆれども、からだを見れば手足も鍋の底なんど