お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之二)

風流志道軒伝 巻之二 08

むれてしづかなる所に酒くみかはしたるぞ、[こよ]なふ奥ゆかしとみゆ。或は其日も暮方のおぼろ月夜に敷[く]ものもなく、独楽どくらくの樽枕にいかなるゆめむすぶかはしらず。いびきの聲の聞ゆるは、もぎどうにてまたをかし。御影供みゑいくの参を頼[り]に、江戸の田舎いなかの片ほとりにも煮売店の立[ち]つゞく大師河原のにぎわひ、世は空海くうかいとぞ知られたり。程なく卯月は衣更、仏の産湯うぶゆの時も過[ぎ]はつ松魚かつほの売聲高く、子規ほとゝぎすなくや五尺のあやめふく。かざりかぶとのぼりの気色、空には五色の雲ひるがへり、ちまき柏餅かしわもちのおと

づれに蒔絵まきゑの重箱はせちがひ、夏の気色をにない出す。はんじ団扇うちわしぶ団扇、あをげばいよ/\高荷のや売、水鶏くいなのたゝく頃より五月雨のふりつゞきて、衣類にかびもみな月の氷餅、氷室ひむろの使[ひ]不二祭ふじまつり群集ぐんじゆの足にごみ踏立ふみたつれば、麦藁むぎわら龍も雲をおこすかとうたがはれ、花火はなびさかりは両国を照[ら]し、船は水をかくし人は地をおほふ。空にも恋は天の川、星の手向たむけのいとしほらしくことつま音かきならす。十三日より盂蘭盆うらぼんの苧がら、はすの葉、うり茄子なすび懸乞かけこひの入[り]みだれ、聖㚑しやうりやうまつり生身いきみ