お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之二)

風流志道軒伝 巻之二 09

たまくるわには燈籠とうろうにさま/\の美をつくし、八朔の白妙に約束やくそくきやく待宵まつよいより月見のさわぎ、すがゝきの上づり客、人がらには人形まはし、となり趣向しゆかうもうそならぬ、本田組の一むれがまけぬ気の河東ぶし、聲のひゞき山彦やまびこのばち音も清見きよみ八景。皆こがれよる船の内、人の心も浮瀬うかぶせ里神楽さとかぐら三番叟、目出度[く]すゞをまいらせふと、だい葡萄ぶどう牽頭たいこが口合、客の羽織をはぎの花、すゝきのやうな目はすれども心のよくに出[づ]る花車、やりて、若者、さま/\口を菊月には、九日の節句後の雛、十三夜の月見

には我朝の風流を増[し]、中菊のさかりなるには渋谷しぶや隠居いんきよが物好を伝ふ。目黒の餅花、神明の生姜しやうが市、玄猪いのこ十夜の時も過[ぐ]れば、御影講おめいこう飾物かざりものは銭とらぬ見せものゝごとく、恵美寿講の百万両は商人の虚言うそをかざる。顔見せの先ぶれは番付売り八方へ散じ、芝居の挑灯はそれ/\の紋を照らす。帯解おびときのすそ長々しく、報恩ほうおんかうの尻もつたて、おの字を千ほど云[ひ]ならべる。口切、ふいごまつりなんども事終[り]て、乙子おとこの餅祝ふ頃より雪霰ゆきあられなんどしげ/\にふりまさりて、風は身をそぐがごとく