お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(五之巻)

根南志具佐 五之巻09

▼開

の名字(みやうじ)は絶(たへ)まじければ、五(いつ)ッの歳(とし)より守立(もりたて)られ、 親(おや)にもまさる師(し)の大恩(だいおん)報(はう)ずるは今(いま)此時(このとき)。必(かならず)/\妻子(さいし)の事(こと)見捨(みすて)ず、せわを頼入(たのみいる)、心(こゝろ)にかゝるは是(これ)ばかり。閻广王(ゑんまわう)へ行(ゆき)たりとも、こなたの器量(きりやう)にくらぶれば雪(ゆき)と墨絵(すみゑ)の鷺(さぎ)をからす、云(いひ)くろむるは舞台(ぶたい)の功(こう)。返(かへ)す/\も路考(ろかう)どの、身持(みもち)大事(だいじ)に酒過(さけすご)さず、世上(せじやう)の評判(へうばん)落(おとす)まいと、ひたすら芸(げい)を修行(しゆぎやう)して、親(おや)にも伯父(おぢ)にもまさりしといはるゝ程(ほど)になり給ふが草葉(くさば)の陰(かげ)の思(おも)ひ出(で)と、いと念頃(ねんごろ)に語(かたる)にぞ、二人(ふたり)もなみだにくれながら、菊之丞はとり

すがり、親(おや)に別(わか)れて其後(そののち)さま/\の御教訓(ごきやうくん)浅(あさ)からず。思(おも)ひしに身(み)にかはらんとの御詞(おんことば)、 生々(しやう/\)世々(ぜゝ)忘(わす)れはおかじ。去(さり)ながら御恩(ごおん)ある御身(おんみ)をころし、何(なに)とて我身(わがみ)をながらへん。是非(ぜひ)此身(このみ)を、イヤ我(われ)を、イヤ某(それがし)と三人(さんにん)が死(し)を争(あらそ)ふて、はてしなき折(おり)から平九郎(へいくらう)、与三八(よさはち)、船頭(せんどう)など蜆(しゞみ)なんどをとりもたせ、どや/\と立帰(たちかへ)れば、三人(さんにん)あはてる其中(そのなか)に彼男(かのおとこ)は影(かげ)のごとくきえて行衛(ゆくゑ)は見(み)へさりけり、菊之丞(きくのぜう)は、いましばしといふもいはれぬ他人(たにん)の中(なか)、水面(みづのおも)を見(み)やる折(おり)から八重桐(やへぎり)は覚悟(かくご)をきは