お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(五之巻)

根南志具佐 五之巻09

名字みやうじたへまじければ、いつッのとしより守立もりたてられ、 おやにもまさる大恩だいおんはうずるはいま此時このときかならず/\妻子さいしこと見捨みすてず、せわを頼入たのみいるこゝろにかゝるはこればかり。閻广王ゑんまわうゆきたりとも、こなたの器量きりやうにくらぶればゆき墨絵すみゑさぎをからす、いひくろむるは舞台ぶたいこうかへす/\も路考ろかうどの、身持みもち大事だいじ酒過さけすごさず、世上せじやう評判へうばんおとすまいと、ひたすらげい修行しゆぎやうして、おやにも伯父おぢにもまさりしといはるゝほどになり給ふが草葉くさばかげおもと、いと念頃ねんごろかたるにぞ、二人ふたりもなみだにくれながら、菊之丞はとり

すがり、おやわかれて其後そののちさま/\の御教訓ごきやうくんあさからず。おもひしににかはらんとの御詞おんことば生々しやう/\世々ぜゝわすれはおかじ。さりながら御恩ごおんある御身おんみをころし、なにとて我身わがみをながらへん。是非ぜひ此身このみを、イヤわれを、イヤそれがし三人さんにんあらそふて、はてしなきおりから平九郎へいくらう与三八よさはち船頭せんどうなどしゞみなんどをとりもたせ、どや/\と立帰たちかへれば、三人さんにんあはてる其中そのなか彼男かのおとこかげのごとくきえて行衛ゆくゑへさりけり、菊之丞きくのぜうは、いましばしといふもいはれぬ他人たにんなか水面みづのおもやるおりから八重桐やへぎり覚悟かくごをきは