ければ、菊之丞すり寄て、何とてかく物思はせ給ふ躰のましますやと、いと念頃に尋れども、 彼男は猶さらにさしうつむき、とかうの詞も泪より外いらへなし。路考も心済ざれば、扨はわらはが心いき、御気に染ぬ事もや有けん。かく打とけし中に何とてものを包給ふやと、打うらみたる躰なりければ、彼男泪をおしぬぐひ、かほどに深御身の志を仇になしていはぬもつらし武蔵鐙、かゝる情の其上に、わらはが心の気に染ぬかとの一言、胸にこたへて覚ゆれば、仔細をあかし
侍るなり。必/\驚給ふべからず。我実は人間にてはあら波くゞり水底を家と定て住なれし水虎といふものなりと聞より、路考はあきれけるが、いかなる仔細にてあるらんと心をしづめ聞居たれど、思はずぞつと寒けだち、すみ/\を見らるゝ心地なりけれども、漸に胸押しづめ、 心の内にとなへごとなどして、猶も様子をぞ聞居たりける。彼男は㒵押拭ひ、我かく人間の姿と成て来りしわけを語るべし。故有て閻魔王、御身を深く恋したひ、何とぞ冥土へつれ来れ