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根南志具佐ねなしぐさ

原文(五之巻)

根南志具佐 五之巻03

ければ、菊之丞きくのぜうすりよりて、なにとてかく物思ものおもはせ給ふていのましますやと、いと念頃ねんごろたづぬれども、 彼男かのおとこなほさらにさしうつむき、とかうのことばなみだよりほかいらへなし。路考ろかう心済こゝろすまざれば、さてはわらはがこゝろいき、御気おきそまこともやありけん。かくうちとけしなかなにとてものをつゝみ給ふやと、うちうらみたるていなりければ、彼男かのおとこなみだをおしぬぐひ、かほどにふかく御身おんみこゝろざしあだになしていはぬもつらし武蔵鐙むさしあぶみ、かゝるなさけ其上そのうへに、わらはがこゝろそまぬかとの一言いちごんむねにこたへておぼゆれば、仔細しさいをあかし

はべるなり。かならず/\おどろき給ふべからず。われじつ人間にんげんにてはあらなみくゞり水底みなそこいへさだめすみなれし水虎かつぱといふものなりときくより、路考ろかうはあきれけるが、いかなる仔細しさいにてあるらんとこゝろをしづめ聞居きゝゐたれど、おもはずぞつとさむけだち、すみ/\を見らるゝ心地こゝちなりけれども、やうやくむねおししづめ、 こゝろうちにとなへごとなどして、なほ様子やうすをぞ聞居きゝゐたりける。彼男かのおとこかほ押拭おしぬぐひ、われかく人間にんげん姿すがたなりきたりしわけをかたるべし。故有ゆゑあり閻魔ゑんまわう御身おんみふかこひしたひ、なにとぞ冥土めいどへつれきた