人も父母の国を尻引からげて去給ふは、魯国広といへども、馬の合た相手なきゆゑと見へたり。また程子に逢て蓋をかたむけ、途中にてしびりの切る程長噺しは、初対面から心の合たるが故なり。心合ざれば、親子兄弟も仇敵のごとく、 口が合へば、四海みな兄分ともなり若衆ともなるとは、酸も甘も喰て見たる詞なり。されば、今評判随一の路考なれば、誰か一人望ざるものなからんや。皆能器量とゆひ綿の紋を見てさへ心動者多し。されども独も手に入れる者なきに、いか
なれば彼男、俄の出会にてかゝるさまに手に入れしは、誠に此道の氏神ともいふべし。程なく二人は起あがりて、何かは知らず手水などせしさまいと心にくし。またもとの座に直りて酒酌かはせし躰、何となう始のほどよりは一入打とけてぞ見えける。月も漸さしのぼり船中は昼のごとく、川風そよと吹渡て、夏去秋の来たる心地、いと興あるさまなりけるに、彼男、路考が顔をつれ/\と打守り、初は物かなしき躰なりしが、 猶たえかねし思ひの色外にあらはれ、涙をはら/\と流