お江戸のベストセラー

人間一生胸算用にんげんいっしょうむなざんよう

16

人間一生胸算用 16

こうして、無名屋無二郎はいよいよ大極上だいごくじょう上吉じょうきちの人間となって、ホっとため息をついたひょうしに京伝をはきだした。
京伝は出るより早く筆をとり、これまでのあらましを三冊の絵草紙にまとめはじめる。

はき出されてからよく見ると、無二郎の身なりが前と変わって半通はんつうのなりになっているのが、ちょっとおかしい。
口から後光が射しているような絵だとは、言いっこなし。

無二郎

「オヤ、おめえはオレの腹の中にいたのか? これは知らなんだ。おめえは腹の中にいて知るめぇが、オレもハメを外しすぎて大ヘマこいたが、このごろやっと目が覚めたよ。」

京伝

「これ無二郎、きさま『めでめで』と言え、おれが『たしたし』と言うから。『めでたし、めでたし』と言わねぇと、絵草紙が終わらねぇ。」

京伝戯作
自画

注釈

大極上上吉
この上もなく吉である。最もよいこと。
半通
きまじめよりはマシだが、まだ粋人にはほど遠い状態。半可通。