こうして、せっかく叔母から借りた金も足と手がチャラにしてしまった。みな腹が立ったが、まさか手足を切って捨てるわけにもいかず、どうしようかといろいろ悩んでいたところ、最近、近所で富クジを当てたヤツがいるらしいと耳が聞きつけてきた。
〈気〉はぐぐぐっと悪い気をおこし、ある夜、手に言いつけてその金を盗みにやったが、手はしくじって見つかってしまう──これで、とうとう無二郎の体は町内にもいられなくなった。てんでに荷物をかついで足にまかせて夜逃げする……ヒドい話だ。
「おらぁ、いっそ元手を工面して、ちっときたねぇが、小間物店でもだすべい。」
「今夜は、とんだ寒い晩だ。 足袋をかぶってくればよかった。オイラもこれからは、かかとで巾着を切らなきゃ。」
「おらぁ、いっそ、てんぼう正宗のところへ弟子入りしよう。」
「情けねぇ、みんなのザマを見るがいい。目の寄るところへザマが寄るとは、このことか。」
「これ、もっと静かに話せ。壁におれ(耳)ということがある。」
「なにさ、ビクビクさっしゃんな! うしろにゃあ、この鼻が控えている。」
京伝は、このありさまをじっと見ていたが、自分もしばらくこの体にやっかいになったことだし、しかも友だちの無二郎のことなので、なんとも気の毒なことと同情する。しかし、意見をしようにも当人の体の中にいては、しょうがない。
これはきっと、心が心のあるべきところにないことが原因だろうと、鉦、太鼓をたたいて〈心〉を探しはじめた。
「迷い子の、迷い子の、無二郎の心やぁ~い!」
♪チキチャンチキ、チャンドコドン!
しまった、これじゃ壬生狂言の拍子だ。
「足のツマ先から背中あたりまで、二、三べん探しまわったが見つからねぇ。」
「無二郎め、走って逃げてるな? 国中がえらい地震だ。」
「ここいらは、スジが多くて歩きにくい。サツマイモとしたらヒドい出来だ。」