京伝は、無二郎の体の三百六十の骨のスキマをさまよって、やっと頭のステッペン(頭頂部)のスミでイジけてうずくまっている〈心〉を見つけた。グズる〈心〉を引っぱって、もとの胸のあたりに連れ戻そうとしていると──あの善魂が現れた。
「こういうことになると思っていたから、京伝を体の中へ入れておいたのだ。
それ、孟子も『性は善なり』と云っているように、天から生まれたときは心はみな良き心である。しかし、おのれの心のゆるみから気が悪さをし、目、耳、鼻、口から手足まで、みな勝手なことをやって心の支配をはなれると、このように国が乱れるのだ。」
「このうえは、この品をもってみなを改心させろ。」
善魂は、何か三つの箱をだした。
「ここで、知ったかぶりにチンプンカンの言いたいことは山ほどあるが、どうせ聞きゃしねぇだろうから、はしょったのさ。」
「ハイハイ、かしこまりこのとろろ汁。」
さて、京伝がようやっと〈心〉を連れて胸のあたりへ戻ると、〈心〉は善魂から授かった品々を使ってみなを改心させていく。
まず、耳には『聖人の遺書』を読んで聞かせた。
次に、目に『地獄の絵図』を見せる。
口には、大神宮の清く潔い『洗い米』を食わせた。
さらに神器の『五常の縄』で手と足を縛れば、〈気〉もようやく正気にもどった。
みなみな前のように〈心〉を尊び、〈心〉もまた己をつつしむ。みなが〈心〉の指示に従えば、騒乱もおさまり無二郎の体に平穏がもどった。
「これみんな、言いたいシャレもあるだろうが、もう何も言うな。版元が、セリフが多すぎて読みにくいと文句を言ってきた。」