まさにあわれを誘うのは、無二郎の〈心〉。
ちょっとのゆるみにつけ込まれ、この国の主人ながらも多勢に無勢、身ぐるみはがされ居城を追われ、スゴスゴどこかへ落ちて行く……。
「ケチってばかりで、おいらを無視した報いだ。これで思い尻っこ!」
「ええい、残念、残念。桃栗ざんねん柿八年、おれは無念で出て行くばかり。」
京伝にも言いたいシャレがあったが、あまりに気の毒で黙っている。
さて、みなの望みどおり〈心〉を追い出し、心ここになくなれば、番頭の〈気〉は誰に気がねすることなく気ままになって、ついには無二郎の体を手に入れた。
これより無状無象国は大いに乱れる。
「ほんに、口も久しく土用のウナギなど入れていまい。これからは、いつでも寒の内だと思って、精のつくもの食い放題だ!」
これを聞いて、みんな〈気〉におべっかを使いだす。
「あんなケチな心は、見たこともござらぬ! あいつは、一万年でも生きるつもりなんでしょう! フンフン!」
「近所の息子衆も、おまえさまのことを気のきいたお人だとウワサしてます。」
「わたくしも、ようよう月に二度、安干物を一枚食べるぐらいで、どんなに値が下がってもカツオなんぞは食ったこともございません。これじゃ、そこいらの猫にも劣ります。」