京伝は、かた苦しくて面白くもない長話を聞かされてウンザリしていたが、講釈が終わると善魂が誘ってきた。
「今から連れて行きたいところがある。どうだ、行くか?」
こいつは、吉原でも行くような口ぶり──まんざらでもねぇと思い、京伝は乗り気になる。
「こりゃあ、行く方でしょう。今からグッとくり出せば、おもくろ山の群ツバメ。柳橋にわたしの馴染みの舟宿もあるので、サァサァ、行きましょう!」
「いや、舟もヘチマもいらねぇ。」
善魂が片手をあげると、突如あたりに一片の雲が巻きおこり、二人を乗せてどこかへ飛び去ってしまった。どこへ連れて行くのかと思ったが──何のことはない、京伝の家の隣にある無名屋無二郎という商人の家に入って行く。部屋では無二郎が帳簿をつけているが、京伝たちの姿は見えないらしく気づくようすはない。
無二郎というのは、まだ二十二、三の若者だが、身なりも気にせず朝から晩までソロバンをはじいているような、きまじめで面白味のない息子である。
「おまえに、人というものの本質を見せよう。」
善魂がそう言うと、京伝の体がみるみる小さくなって、無二郎のはき出すタバコの煙に包まれながら、吸い込まれるように彼の体の中へ入ってしまった?!
京伝「はい、冷えものでござい。ごめんなさい。」
無二郎は、友だちの京伝を腹の中へ飲みこんだとは夢にも知らず、ひとり言をつぶやいている。
「おらが隣の京伝は、ホントにどうしようもないヤツだ。また遊び歩いて四、五日も帰らないらしい。バカにつける薬がないとは、よく言ったものじゃ。ああ、隣の邪気のせいで、こっちまで頭が痛い。」
「いまいましいヤツだ。オレのことをクソのように言いやがる。ヘクシッ! ヘクシッ!」