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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之三)

風流志道軒伝 巻之三 10

居たりける。此処は小人島にて人の大きさ一尺二三寸に過[ぎ]ず。一人歩行あるけば鶴に取[ら]るゝ故、四五人づれにてあらざれば通[り]得ざる程小さき国にて有ければ、浅之進を見てみな/\恐[れ]おのゝき戸を閉[ぢ]て出[で]ざれば、見すごしてなん通りけるに、次第に奥へ行[く]程猶更に小人小く、五寸三寸の人ありけるが、奥小人島に至れば、其大[き]さ豆人形程ぞ有ける。かゝる国にもそれ/\の主ありて、さしも奇麗きれいに作[り]たる城なんどの辺にぞ大勢の小人ども、登城下城の袖をつらね、さも厳重げんぢうなる其内にも、やんごとなき姫君ひめぎみ

輿に乗[り]て出[づ]る体、浅之進はゆびにてちよつと引[つ]つまんで印籠いんろうの中へぞ入[れ]たりけるに、付々にわかにさわぎ立[て]、西よ東よはせちがふ。輿に付[き]たる奥家老とおぼしき男うろたへまわる体なりければ、浅之進また引[つ]つまんで、此度は印籠の下の重へぞ入[れ]たるける。半日ばかり過[ぎ]て出[だ]し見るに、彼奥家老は姫君を奪[は]れて云わけなしとや思ひけん、ういらうにこし[ち]かけ、腹十文字にかき切[つ]てうつぶしにぞ伏[し]たりけり。かゝる小き人にてさへ君臣の義理あればこそと涙ながらに彼姫君を取[り]出し、もとの処へ帰しける。