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風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之三)

風流志道軒伝 巻之三 08

寒国ふりつもる、雲のはだへをあらそふて、三国みくに新方にいがた、出雲崎。敦賀つるが、今町、金沢より、出羽には坂田かうやの浜、津軽に青森やすたか町、陸奥にもとめや、八丁の目、松前のゑさしまで、諸国の風流をながめつくせば、浅之進は、いざゝらば是より外国を廻り見んとて、彼仙人よりさづかりし羽扇を以[て]海中に入[り]、其上に座しけるに、さながら大船に乗たるがごとく、蒼海そうかい漫々まん/\として、浪は白馬の走[る]がごとくなれども、羽扇の妙あれば海水すこしも衣をぬらさず、数日食せざれどもうゑず。いづくともなく行[き]けるが、とある島にぞ

[き]たりければ、羽扇を取[つ]くがにあがり、そこよこゝよとさまよひけるに、いと大なる家の見ゆるを目あてにしてたどり付[け]ば、浅之進を見付[け]て多くの人立出[づ]るを見れば、何れも身のたけ二丈あまり、におふたる子の形も日本人より大なれば、是こそ名におふ大人国ならんとは思へども、一向に詞通ぜざれば、互に手を出し口を教[へ]なんと様々の仕方しても、わかつべふもあらざれば、浅之進心付[き]て彼羽扇を耳に当[つ]れば大人の詞も通じ、口にあてて物をいへばまた合点がてんするさまなりければ、其後は互に詞の通じ合[ひ]、我は日本