かと思ほゆる看板に偽有磯海、深川のぴんしやんも度重れば飴のごとし。和で歯に付[か]ぬ大根畑の居つゞけには地黄丸の功を失ひ、鮫が橋へ走[つ]ては、親つぶのにらみをうく。鐺のつまる鐘撞堂、借た跡での板橋より千住といへば観音めける万福寺の恋無常、朝鮮長屋の異国くさき、いろは、ぢく谷、世尊院。人を引[き]出すおたんす町、八まんたまらぬお旅のさわぎ、三味の音じめの音羽町、かたり明して夜を根津の、東の空も赤城より、暗に迷ふ藪の下、通ふ足音高いなり、愛敬稲荷の狐より、化ぞこないの市兵衛町、氷の氷川
の寒空は、ふるふて通ふ胴坊町、丸山の丸寝姿、新大橋のなが/\しき三十三間どうよくに、又も一座を直助屋敷、出る舟あれば入舟町、石場につくだ、けころばし、踏返したる丸太の名物、立[て]ふとふせふと銭次第。舟饅頭に餡もなく、夜鷹に羽はなけれども、みなそれ/\のすぎはひは、鳶飛[ん]で天にいたり、魚淵にをどり子の気色まで、残方なくながめ尽せば、浅之進はそれよりも諸国をめぐり遊[ば]んとて、旅の用意するにもあらず、其身其儘出[で]立[ち]て、行[き]つき次第の一人旅。たくはへなければ盗人の気掛もなく