お江戸のベストセラー

風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)

原文(巻之三)

風流志道軒伝 巻之三 03

▼開

下の境町(さかいまち)、見るも殊更京町から、新町より河岸の辺までぐるりと廻りてすみ町は、遊び時を江戸町と口合まじりに見渡せば、行[き]かふ挑灯下駄の音、格子の内の燈は昼よりも照(てり)かゞやける縫箔(ぬひはく)の伊達(だて)もやう。銘々たばこ盆に指向ひ思ひの烟くゆらせつ、または文なんど書[け]る体、ゑりの白きにいたづら髪のふりかゝれるもおくゆかしく、何かは知[ら]ず隣(となり)どちの囁(さゝやき)合[ひ]たるも心にくし。人の心を引立[つ]る三弦(さみせん)のいとかしましくは思へども、何となう心うかれ此界の人ともおもほえず、雲の通路吹[き]とぢて、天津乙女(あまつをとめ)の姿ならんと

何れを見てもみにくきはなく、又それと定[め]んと思へば是ぞと思ふわいだめのなきは、目のうつろひならんと後には却[つ]てそこ/\に見極る。一夜流(ながれ)の縁結(えんむすび)は出雲の神の帳付[く]るにもさぞいそがしくや有らん。遊びの趣向(しゆこう)、閨(ねや)の振舞(ふるまひ)、手くだこんたんやりくりのもやうは、事古(ふり)にたればいはず。二度目に行[く]を裏(うら)返すとなんいへるは塗工(しやくわん)よりいひ出し、売[り]かえるを鞍(くら)がへなどは古詞もあるなんめれども、只伯楽(はくらく)の詞に似たり。二度よりは三度、五度よりは七度、段々に面白く、顧愷之(こがいし)が甘蔗(かんしよ)にはあらで漸(やうやく)佳境(かきやう)に入[り]たるを粹(すい)といひ、又