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風流志道軒伝(ふうりゅうしどうけんでん)

原文(巻之三)

風流志道軒伝 巻之三 09

▼開

の者なりなんど語[り]けるに、様々馳走(ちそう)に大人のもてなし。二三日も程経て後、遊山(ゆさん)に出[で]よと竹輿(かご)に乗せて人立([ひとだち])多き処に芦簾(よしず)にて四方をかこみたる仮屋の内へ伴行(ともなひゆき)、台の上に浅之進を乗[せ]置[き]、をかしき形せし笛太鼓のなりものにて拍子(ひやうし)取[り]、生[き]た日本人の見せもの、手に入[れ]て這(はは)す様なちつぽけな美男、作物こしらへものとは違ふて生([しよう])の物を生で見せる、御評判/\と高聲に呼[ば]はれば、老若男女おし合[ひ]せり合[ひ]、引[き]もきらぬ人群集(ぐんしゆ)、皆々指ざし笑ふ体、浅之進うるさく思ひ如何はせんと案じ

けるが、爰にこそ彼羽扇ならんと天に向[つ]て仙人を拝し羽扇を以て飛[び]立[て]ば、小屋の屋根をつき破[り]て雲井はるかに飛びされば、大人どもは月夜に釜、ぬか悦の口々に、是まで日本人の飛行する事聞及[ば]ず、是は定[め]て日本に沢山なる天狗にてやあらんといへば、さればこそ羽扇を持[ち]たり、しかし鼻は小さかりしなど思ひ/\の取沙汰、一人の大人が曰[く]、諸国廻る天狗なれば、どこその色里にて鼻は落したるにぞ有[ら]んなど、評定しても埒明(らちあか)ず。夫よりも浅之進は羽扇にまかせ飛[び]けるが、かすかに島の見えければ、其所へぞおり