お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

原文(巻之三)

風流志道軒伝 巻之三 04

通り者といふ。されば女郎買と灰吹はいふきは青い内が賞翫しやうくわんとは近松が名言なりと、浅之進は吉原を立出[で]、男色を試[み]んとて、それより堺町へ至[り]けるに、是又別世界の一風流、金剛こんがうが挑灯には名代の紋を先にてらし、大振袖の羽織、恋風に翩翻へんぼんとひるがへり、見し編笠の内ぞゆかしき、紫帽子は舞台へ出[づ]るゆるしの色となん。人の物好は面の異なるがごとくなればこそ、をさなきありをとなしきあれども、それ/\の相手あるが中にも四十過[ぎ]ての振袖、頬髭ほうひげの跡青ざめたるも見ゆ。是等をもてあそぶ人は好の至れるなりと自味噌[てまへみそ]は上れども、

火吹竹のあえものはたけのこやはらかなるにはしかじ。木挽町に引[か]るゝ客は、身代は大鋸屑おがくずのごとく、神明参の帰足は本地垂迹すいじやくの両道になづむ。湯島の二階は千里の目をきはめはなぶさ町の向側むかふがわとなりよりもまた近し。よごれをふくかやば町、眇眼すがめもまじる神田の明神、外になければ市ヶ谷の八幡前、天満神あまみつかみのあたり近き室咲むろさきの梅手折[ら]んと、麹町には寝るをたのしむ。土気つちけの取[れ]ぬ土橋より一ツ目山猫なんどいへるは、さながら化物ばけものの名に近し。はぐさなへを乱り、紫のあけを奪ふ、所かはれば品川の風流女護によごが島の辻番