に移れる俤をやゝ見とれたる其風情、さすが岩木にあらざれば、我レ思ふ人の捨がたく、やゝ打ながめ居たりしが、互に云出る詞もなく、折しも風のそよと吹ければ、彼男ふりあをむきて
身は風とならばや君が夏衣
と吟じければ、菊之丞取あへず
しばし扇の骨を垣間見
是より少しほころびて彼男舟さし寄、菊之丞が舟につなぎ捨打のりつゝ、日の暮てより越のふ涼しくなりたりなんどゝよそ事に
いひものすれば、菊之丞は手づから銚子盃なんどたづさへ来り。先程ふつゝかなる口ずさみに、やんごとなき御脇賜はりしより、只人ならず見参らせたり。一樹の陰一河の流も一かたならぬゑにしとなん聞侍りたり。何国の人ににてましますぞや御名ゆかしと尋れば、我は浜町辺に住るものなり。夏の間は暑をさけんため人なんどもつれず、我一人小舟に棹さし、此風景を楽とせり。しかるに、けふ思はずも君が姿を垣間見しより、思ひははれぬ天雲の、ゆくら/\と釣舟の浪のたゞよふ