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根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(四之巻)

根南志具佐 四之巻07

▼開

行(ゆか)んとて一人(ひとり)舟(ふね)にぞ残居(のこりい)たりける。頃(ころ)しも水無月(みなづき)の中(なか)の五日(いつか)、日(ひ)は西山(せいざん)にかたむき月代(つきしろ)東(ひがし)にさし出(いで)て、水(みづ)の面(おも)漣漪(さゞなみ)立(たち)て、いと涼(すゞ)しく頃日(このごろ)の暑(あつさ)も忘(わす)るばかり、別世界(べつせかい)に出(いで)たる思(おも)ひをなしければ、菊之丞(きくのぜう)、硯(すゞり)取寄(とりよせ)てかく。
  浪(なみ)の日(ひ)を染直(そめなを)したり夏(なつ)の月(つき)
となん書(かき)しるして、黄昏(たそがれ)の気色(けしき)能(よく)も云(いひ)かなへたりと、独(ひとり)笑(ゑみ)をふくみ吟(ぎん)じ返(かへ)しける折(をり)から、何(いづ)ちともなく、
  雲(くも)の峯(みね)から鐘(かね)も入相(いりあひ)

とほの聞(きこ)へければ、菊之丞(きくのぜう)は不思議(ふしぎ)の思(おも)ひをなし、何人(なんひと)かわ、かゝるしほらしきわきをなんせしと、あたりを見廻(みまは)せば一葉(いちえふ)の舟(ふね)に梶取(かんどり)もなく、若(わか)き侍(さむらい)の只(たゞ)一人(ひとり)、笠(かさ)ふか/\と打(うち)かつぎ、釣竿(つりざを)をさしのべて余念(よねん)もなき躰(てい)なり。扨(さて)は只今(たゞいま)の脇(わき)は此人(このひと)にこそ有(あり)けんと思(おも)へば、心(こゝろ)ばへ奥床(おくゆか)しく、 船(ふな)ばたより打(うち)ながむれば、彼男(かのおとこ)もふりあをのきしを能(よく)見(み)れば、年(とし)の頃(ころ)二十(にじふ)四五(しご)計(ばかり)にして、色白(いろしろ)く清(きよ)らなるが路考(ろかう)を見(み)て、につと笑(わらひ)し面(おも)ざしに包(つゝむ)にあまる恋衣(こひごろも)、胸(むね)に思(おも)ひの十寸(ます)鏡(かゞみ)、正目(まさめ)には見(み)もやらず、水(みづ)