お江戸のベストセラー

根南志具佐(ねなしぐさ)

原文(四之巻)

根南志具佐 四之巻02

▼開

ほゆ。長命丸(ちやうめいぐわん)の看板(かんばん)に親子連(おやこづれ)は袖(そで)を掩(おほ)ひ、編笠(あみがさ)提(さげ)た男(おとこ)には、田舎侍(いなかさむらい)懐(ふところ)をおさへてかた寄(より)、 利口(りこう)のほうかしは豆(まめ)と徳利(とくり)を覆(くつがへ)し、西瓜(すゐくわ)のたち売(うり)は行燈(あんどん)の朱(あけ)を奪(うば)ふ事(こと)を憎(にくむ)。虫(むし)の聲々(こゑ/\)は一荷(いつか)の秋(あき)を荷(にな)ひ、ひやつこい/\は清水(しみづ)流(ながれ)ぬ柳(やなぎ)陰(かげ)に立寄(たちより)、稽古(けいこ)じやうるりの乙(おつ)はさんげ/\に打消(うちけさ)れ、五十嵐(いがらし)のぶん/\たるはかば焼(やき)の匂(にほ)ひにおさる。浮絵(うきゑ)を見(み)るものは壺中(こちう)の仙(せん)を思(おも)ひ、硝子(びいどろ)細工(ざいく)にたかる群集(くんじゆ)は夏(なつ)の氷柱(つらゝ)かと疑(うたが)ふ。鉢植(はちうへ)の木(き)は水(みづ)に蘇(よみがへり)、はりぬきの亀(かめ)は風(かぜ)を以(もつ)て魂(たましひ)とす。 沫雪(あはゆき)の塩(しほ)からく、幾(いく)

世餅(よもち)の甘(あま)たるく、かんばやしが赤前(あかまへ)だれは、つめられた跡(あと)所斑(ところまだら)に、若盛(わかもり)が二階(にかい)座敷(ざしき)は好(このみ)次第(しだい)の馳走(ちそう)ぶり。燈籠売(とうろううり)は世帯(せたい)の闇(やみ)を照(てら)し、こはだの鮨(すし)は諸人(しよにん)の酔(ゑひ)を催(もよほ)す。髪結床(かみゆひどこ)には紋(もん)を彩(いろどり)、茶店(ちやみせ)には薬罐(やくわん)をかゞやかす。講釈師(かうしやくし)の黄色(きいろ)なる聲(こゑ)、玉子(たまご)/\の白聲(しろいこゑ)、あめ売(うり)が口(くち)の旨(うまき)、榧(かや)の痰切(たんきり)が横(よこ)なまり、燈籠草(ほゝづき)店(みせ)は珊瑚樹(さんごじゆ)をならべ、玉蜀黍(とうもろこし)は鮫(さめ)をかざる。無縁寺(むえんじ)の鐘(かね)はたそがれの耳(みゝ)に響(ひゞき)、 浄観(じやうくわん)坊(ぼう)が筆力(ひつりよく)は、どふらく者(もの)肝先(きもさき)にこたゆ。 水馬(すゐば)は浪(なみ)に嘶(いなゝき)、山猫(やまねこ)は二階(にかい)にひそむ。一文(いちもん)の後生心(ごしやうしん)は甲(かう)に万年(まんねん)の