お江戸のベストセラー

根南志具佐ねなしぐさ

原文(四之巻)

根南志具佐 四之巻05

形舟かたぶね数々かず/\はなかざ吉野よしの風流ふうりう高尾たかをには踊子おどりこ紅葉もみぢそでをひるがへし、えびすの笑聲わらひこゑ商人あきんど仲ヶ間なかまぶね坊主ばうずのかこひものは大黒だいこくにての出会であひさけうみさかな築島つきしませしは兵庫ひやうごとこそはられたり。ことあれば三弦さみせんあり、がくあれば囃子はやしあり、けんあれば獅子しゝあり、ぶりあれば聲色こはいろあり。めりやすぶねのゆう/\たる、さわぎぶね拍子ひやうしのつ船頭せんどうもさつさおせ/\とをはやめ、祇園ぎをんばやしの鉦太鼓かねたいこ、どら、にやうはちのいたづらさわぎ、葛西舟かさいぶねわるくさきまで、入乱いりみだれたるふねいかだ。

まことにかゝる繁栄はんゑい江戸えどほかに、又有またあるべきにもあらず。去程さるほど菊之丞きくのぜう仕出しだふね荻野おぎの八重桐やへぎり鎌倉かまくら平九郎へいくろう中村なかむら与三八よさはちなんどは、げいはもとよりめづらしからず、さわぎもまたうるさし。役者やくしや舟遊ふなあそび三弦さみせんじやうるりをもてあそぶは、学者がくしやしよかうじ、 出家しゆつけきやうよみこめつきのきねをかつぎ、大工の手斧ておのこしにさして、花見はなみ遊興ゆうきやういづるがごとくなればとて、いとしづかさけくみかはし、ひとのさわぎを歩行あるくは、月夜つきよ挑灯てうちんのいらぬとおな道理だうりにて、らるゝものおんせず、もの心遣こゝろつかひもなく、さりと