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根南志具佐ねなしぐさ

原文(四之巻)

根南志具佐 四之巻06

またよきなぐさみなり。一日いちにちあそここゝ漕廻こぎまはりけるが、いざやさわがしきところはなれあそばんとてふね三股みつまたてふところへこぎよせて、四方よも気色けしき見渡みわたせば、みなみ蒼海そうかい漫々まん/\としてくもうみとのいろもさやかにはへわかず。ゆきかふてふとびかふがごとく、安房あは相模さがみうみにそふていでたるは、たゞ一筆ひとふでにてゑがきたるにたり。西にし箱根はこね大山おほやまなんどもかすかへわたり、けふは水無月みなづき其日そのひなれば、かのもちぬれば其夜そのよふりけりとえいじたる富士ふじ高根たかねもいとしるく、ちかきあたりはひと家居いへゐのみおほくして、たみかまど夕煙ゆふけぶり

なびきわたり、さしもにひろき武蔵野むさしのひとすみわたらぬところもなく、くさよりいでくさいるむかしつきひきかへて、のきよりいでのきるともいふべき風情ふぜい道行みちゆくひとたゞありなんどのゆきかふがごとくへ、わたればさながら仙境せんきやういりたる心地こゝちなんして、おぼへずもふなばたをたゝき、いとしめやかにうたひたるに舟屋ふなやかたのちりもちり、空行そらゆくくももたゞよひぬともいふなる。 人々ひと/\きやうぜうじて香包かうづゝみ取出とりだして一炷いつちゆくゆらせ、いとしづかにたのしみけるが、いざや中洲なかすへんゆきしゞみとらんと、皆々みな/\小舟こぶね乗移のりうつり菊之丞きくのぜういはくわれあんかけ発句ほつくあればあとより