お江戸の鎌倉

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松葉谷安国寺・補陀洛寺

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松葉ヶ谷安国論寺まつばがやつあんこくろんじ

松葉ヶ谷安国論寺は、日蓮上人が房州からやって来て、ここに籠り安国論を著したところである。境内には、妙法桜という銘木がある。
佐竹屋敷は、名越道にむかしあった佐竹四郎秀義の旧跡である。
日蓮乞水こいみずやお猿畠さるばたけも、みなこの名越坂のあたりにある。

狂歌

ぢゝばゝの まいりおほきは
たかさごの まつはかやつの そしどうにこそ

爺婆の参り多きは
高砂の松はか谷(松葉ヶ谷)の祖師堂にこそ

参詣「日蓮さまが、このお寺で『安国論あんこくろん』という書物をお書きなさったということだが、わしのほっぺたにできた『たんこぶろん』は何をしても治らぬゆえ、『あんこくろん』をお書きなされた祖師さまなら『たんこぶろん』もご存知であろう、どうぞ治りますように、とお頼み申したら、その晩にたんこぶは治ったが、こんどは金玉へたんこぶができて金玉が増えたから、金の増えるのはめでたい、これもご利益であろうと、お礼に参りました。」

補陀洛寺ふだらくじ

長勝寺は、名越坂の西にある。ここから海の方に、天照山の社、補陀洛寺の観音があり、さらに先には、三浦道寸みうらどうすんの城跡がある。

狂歌

此けしき あかず三うらの しろあとや
うてうてんせうさんの ながめに

この景色飽かず三浦の城跡や
有頂天照山の眺めに

旦那「わしは、きさまの見るとおり酒が好きだから、酒屋を見るたびに酒が飲みたいけれど、俺ばかりは飲まれず、きさまにも飲ませるから、きさまの分だけ余計に銭がかかる。わしもこらえて飲みたいのを辛抱しているが、きさま、帰るまで酒をやめてくれぬか、どうだ、どうだ。」

従者「これは旦那さま、お情けないことを。わたくし、酒は飯より好きでこざります。命にかえてもやめられませぬ。そのお考えなら、いっそのことわたしを殺してくださりませ。しかし、殺される前にまず一杯いただきます。一杯飲んで殺されるなら、それは本望。ただし、死んでも生きかわり死にかわり幽霊になって、後引きに現れます。」

注釈

安国論
立正安国論(りっしょうあんこくろん)
日蓮が、文応元年(1260)に、執権北条時頼に送った檄文。当時、頻発していた天変地異は、浄土宗などの邪法が原因であるとし、仏教の諸宗を非難した。
佐竹四郎秀義(さたけ しろう ひでよし)
平安末~鎌倉時代初期の武将。源義光の流れをくむ清和源氏なので、頼朝とは親戚筋。挙兵した頼朝に反抗したため、一度は頼朝軍に攻められ敗走するも、後に認められて鎌倉御家人に加えられる。
高砂(たかさご)の松
能の『高砂』は、夫婦の松の話。松つながりで「松葉ヶ谷」をかけて、爺婆の連想から「まつはか谷」となっている(たぶん…)。
三浦道寸(みうら どうすん)
三浦義同(みうら よしあつ)
戦国時代初期の武将。北条早雲に滅ぼされた。
後引き
満足することなく、次々に物(とくに酒)を欲しがること。

材木座書房

ぴーちょ

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