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お江戸の鎌倉

方言修行 金草鞋 箱根山七温泉 江之島鎌倉廻

むだしゅぎょう かねのわらじ はこねやまななゆ えのしま かまくらめぐり

 著:十返舎一九(じっぺんしゃ いっく)
 画:北尾美政(きたお よしまさ)
刊行:天保四年(1833)(底本は明治期)
版元:錦森堂(底本は大坂嵩山堂)
底本:国立国会図書館デジタルコレクション『諸国道中 金の草鞋』十九編

オリジナルは、江戸期に錦森堂が出版した『方言修行むだしゅぎょう 金草鞋かねのわらじ』ですが、国会図書館デジタルコレクションになかったため、底本には大坂嵩山堂すうざんどうが明治期に改題改編して発行した『諸国道中 かね草鞋わらじ(十九)』を使用しました。同じ版木で刷られているので、中身はいっしょです。
底本では、箱根から鎌倉までを巡っていますが、この内、江ノ島と鎌倉の部分を現代文に訳しました。底本には乱丁(ページの入れ違い)がありますが、修正して掲載しています。
また、作中で登場する名所の現在の様子も写真で紹介しています。

解説(まず、こちらをお読みいただけるとうれしいです。)

<解説>

方言修行むだしゅぎょう 金草鞋かねのわらじ』は、十返舎一九による諸国道中記で、文化十年(1813)から天保五年(1834)まで、22年にわたって刊行された長寿シリーズです。
一九の道中記と言えば、『東海道中膝栗毛』があまりにも有名ですが、『膝栗毛』で弥次さん喜多さんが、目的のお伊勢参りを遂げても(大ヒット作の宿命で)なかなか旅をやめさせてもらえず、二人が木曽街道あたりでだらだらしているころに、趣向を変えた新シリーズとして刊行されたのが『金草鞋』です。これもヒットを飛ばし、結果的には『膝栗毛』を超えるロングシリーズとなって、一九が死去(天保二年/1831)するまで続きました。最後の数編は、一九の死後、遺稿として出版されています。

『金草鞋』は、奥州仙台藩、岩沼の狂歌師・鼻毛延高はなげののびたかと狂歌修行中の坊主・ちくら坊が、狂歌を詠みながら諸国を巡るお話です。最初に訪れるのは、お江戸。『膝栗毛』は、弥次・喜多が江戸を出発するところから始まるので、江戸の名所は出てきません。なので、お江戸の賑わいに肝をつぶしっぱなしの田舎狂歌師のドタバタは『膝栗毛』ファンにとっても楽しめたのではないでしょうか。さらに一九先生、狂歌を東北弁で詠むという荒技も見せます。
「江戸さあへ つん出来べいと よっぱるかおもい 今度がはじめての旅」
「国さあを やくとう出来て きせちない 旅もあだけて 気ばらしぞする」
これは、江戸っ子も大ウケでしょう。初編には東北弁の対訳表も載ってます。

江戸編のヒットに続き、『金草鞋』は、東海道、京大阪、木曽、常陸、奥州、越後、四国と日本中を巡ります。ですが、さすがに東北弁での狂歌は詠むのが疲れるのか、早々に通常版になり、さらに道中記というより観光ガイド的な意味合いが強くなって、やがて鼻毛・ちくらコンビすら登場しなくなってしまいます。まあ、初期の設定がぐずぐずになってしまうのは、長寿シリーズの常なのでしょう。
とはいえ、日本中の名所を「観光ガイド+絵+狂歌+滑稽噺」という盛り盛りの4点セットで紹介していくという一九スタイルは最後まで保たれます。観光ガイド全盛の現代でさえ、案内と写真のほかに、その場所にちなんだ歌や小噺がついた旅行ガイドブックなんて見たこともありません(需要がないと言えばそれまでですが)。一九先生がヒットするわけです。

『金草鞋』の「江ノ島・鎌倉編」は、シリーズとしては最後期の天保四年(1833)に出版されました。一九の死の2年後の刊行になります。一九は詳細な草稿を残しているので、それも可能だったのでしょう……はたしてこの「鎌倉編」に、一九がどれだけ関与したのか、一九は実際に鎌倉を訪れたのか、というような疑問はここではスルーです。
「鎌倉編」の観光ガイド部分で取り上げられている名所旧跡は、びっくりするぐらい詳細です。滑稽噺も、(その場所とは関係のない話ばかりですが)下ネタ満載の脱力系一九テイストであふれています。"旅" というお題で語られるさまざまな小話からは、当時の庶民の旅の寸景が浮かびます。
江戸時代において、庶民が実際にどれだけ観光旅行ができたのかは別にして、観光ガイドブックを眺めながら旅気分を味わうのは、今も昔も同じですね。

この「鎌倉編」には、『吾妻鏡』や『太平記』などに見られる旧跡がいっぱいでてきます。鎌倉は、歴史に記憶された古都です。記録の中にしか残っていない場所がたくさんあり、それは200年前の江戸時代でも、やっぱり旧跡でした。
たまには、おしゃれ鎌倉をはなれて、歴史の中の鎌倉を、江戸時代のガイドブックを頼りに訪れてみるのもいいかもしれません。まあ、行っても何もないか、せいぜい碑があるぐらいだけど。

材木座書房

ぴーちょ

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