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佐竹天王・本覚寺

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佐竹天王さたけてんのう本覚寺ほんがくじ

由比ヶ浜の大鳥居から参道をはなれて閻魔川を渡ると、身代わり地蔵、辻の薬師堂がある。さらに逆川さかさがわの橋を渡ると大町の佐竹天王の宮にいたる。
そこから大巧寺、本覚寺に行けば、また参道にもどり二の鳥居の前に出る。琵琶橋の近くである。

狂歌

たびはうき 身がはり地蔵ぢぞう ふしおがむ
これも他生たせうの ゑんま川かな

旅は憂き身代わり地蔵伏し拝む
これも他生の縁(閻)魔川かな

旦那「そなたを駕籠かごに乗せずに歩かせるのも、われの考えがあってのことだから、しんどいだろうが精出して歩いてください。晩の泊まりに、あんばいのよいところを賞玩しょうがんいたすのが、なによりわれの楽しみだ。」

「そういうことなら、わたしは精出して歩きましょうが、あなたは、お駕籠にお乗りください。あんまりくたびれたら、晩のお役に立ちますまい。」

旦那「気づかいしゃるな! こんなことで、くたびれるわけはない。わしが歩くのは、両足をスリコギにしようと思ってのことだ。そうなると一本のスリコギが三本になるから、そなたは、さぞうれしかろう。どうだ、どうだ!」

従者「旦那さまのスリコギは、当てがあるからよろしゅうござりますが、つまらぬのは、わたくしたちのスリコギです。
まず、ここに差した二本のスリコギと両足、それともう一本で都合五本のスリコギ。お駕籠の衆が二人で六本、それに荷物持ちの可内べくないが三本。しめて十四本! みな不要のスリコギ、この使い道がござりません。なんと旦那さま、これはいかがいたしましょう。」

旦那「それは、こうするがよい。来春、大和めぐりに行くからそれまで待つがよい。そのとき、そのスリコギは、みな高野山へでも納めてしまえ!」

旦那「これから金沢(八景)へ行って、網を引かせて思いっきり魚をとって、みなにも旨い酒を一杯ずつ飲ませよう。どうだ、うれしいか、うれしいか! そのかわり二杯とはならんぞ。」

注釈

身代わり地蔵
北条時頼夫妻が「負けたら裸」という賭け双六をしたとき、負けてしまって困っている夫人の代わりに裸体で出現したという甘美な伝説をもつお地蔵さま。
時頼夫人が創建したとされる延命寺に伝わるその地蔵菩薩は、まさに裸形像。妖艶な赤い法衣をまとって双六盤の上にお立ちになっています。
可内(べくない)
武家の下僕の通称。
漢文で「可(べく)」の字はかならず上に付くので「可ない」は下に付く者をさす。