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山之内圓覚寺

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山ノ内円覚寺やまのうちえんがくじ

瑞鹿山ずいろくさん円覚寺は、山ノ内にある鎌倉五山第二位の禅寺である。本尊は宝冠の釈迦仏。諸堂の額は、みな宸筆である。北条時宗の建立で、開山は宋国の仏光禅師ぶっこうぜんじ
境内に、宿龍池しゅくりゅうち座禅窟ざぜんくつ鹿岩ししがん虎頭岩ことうがんなどの名跡がある。仏殿の南の方に高さ八尺の大鐘があり、地元の人は『竜宮より上がりし鐘なり』と言い伝える。

狂歌

みほとけの ちかひをむすぶ ゑんがくじ
かゝるりやくに おほがねのおと

御仏の誓いを結ぶ縁(円)覚寺
かかる利益に大金(鐘)の音

参詣Ⓐ「なんとよいお寺、広々としたものだ。むかし鎌倉が繁盛していたときには、きっと今の浅草の奥山のように、この境内でも豆蔵まめぞうや見世物などがあったろうから、さぞかし賑やかなことだったろう。」

参詣Ⓑ「そう、そう。今の奥山の浜造の先祖は、むかしこの鎌倉で由比の浜造といって由比ヶ浜に小屋をかけていたということだが、いつでも戦さというと浜造が出かけて一番に手柄を取ったということでござります。」

参詣Ⓐ「いや、おまえ、とんだことを言う。なに戦さのときに、豆蔵がなんの役に立つ?」

参詣Ⓑ「いやいや、まちがいないこと。和田合戦のとき、敵は目に余るほどの大軍。いちどきに押し寄せて来たので、少数の北条方がうろたえ回るところへ、浜造の先祖がやって来て、
『大敵、わたくしが退けてお目にかけます!』
と言って、ザルを持って飛んで出たら、
『そりゃ来た、ザルが回る。』
と、その大敵が、みな逃げてしまったということでござります。」

注釈

北条時宗
鎌倉幕府八代執権。二度にわたる元寇を退け日本の国難を救う。
仏光禅師
無学祖元(むがく そげん)
鎌倉時代に宋から渡来した臨済宗の僧。
浅草の奥山
江戸、浅草寺の奥にあった盛り場。見世物小屋や大道芸で賑わった。
豆蔵
ザル、扇、徳利などの曲芸をする大道芸人。
和田合戦
鎌倉時代初期に、和田と北条が幕府の覇権をかけ鎌倉中の御家人を巻きこんで戦った合戦。北条方が勝利する。
ザルが回る
大道芸の後に、集金のためにザルを持って回ること。