お江戸のベストセラー

花東はなのおえど頼朝公御入よりともこうおんいり

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花東頼朝公御入 10

景清は大仏餅の店にすっかり尻をすえて、なかなか烏帽子えぼし直垂ひたたれぐらいでは承知しない。といっても、頼朝を生かしておけば、いずれわが目をくり抜くハメになってしまうので、開き直った。
官金の千両をもらって行こう。」

すると、頼朝公の態度が一変する。
「もはや、わが計略を見せん! もうこりゃ、アホウではいられぬわ!」
頼朝公が景清の頭巾を引っぱぎなされば、そのひょうしに団十郎の似顔の面落ち──よくよく顔を見れば、梶原が家来の番場の忠太?!

頼朝「さてこそ、わが作りアホウにて、こすっからい奴らの企みを見破ったり! サァサァ、逃げられぬところだ! 景清と名のれ!!」

頼朝公に責められて、忠太は苦しそうな声で白状した。
「まったく……わたくしは……景清ではござりません。そもそも、こんどのお江戸見物をおすすめして思うがままにしようとしたのは、みんな主人の梶原、それに、岩永どのと俣野どのでござりますー。」

頼朝「今までは、わざと徳次流の道化方になって、うぬらが化けの皮をはがしたのだ。」

岩永と俣野は、バレてはもはやこれまでと頼朝公に斬りかかった──が、ちょうどその時──真田の与市、鎌倉へ帰ったと思わせ、頼朝公と示し合わせて変装して忍んでいたが、ここで正体を現し二人にたっぷりとけじめ汁を食わせる

俣野「わりゃ、上巻では若衆であったが、いつの間にか野郎になったな。」
真田「野郎になったのも、きさまらをダマすためだわ。」

忠太「ああ、いたた、いたた、逢いた見たさは飛び立つばかりと…シャレるとこでもねぇ。」

注釈

わが目をくり抜く
江戸のお話では、捕らえられた景清が最期は頼朝の情けに感じ入り観念するが「源氏の世は見たくない」と自から両眼をくり抜いてしまう。
官金
盲人が勾当(こうとう)などの位を得るために納めたお金。
江戸のお話では、景清は盲目になった後、頼朝のはからいで勾当として日向で隠棲する。
団十郎
歌舞伎役者、五代目市川団十郎。景清は代々団十郎のはまり役。
梶原が家来の番場の忠太
梶原(景時)は、頼朝の家人。江戸のお話では悪役にされることが多い。
番場の忠太は梶原の家来で、やっぱり悪役(『瞼の母』で有名な番場の忠太郎ではありません)。
徳次
大谷徳次。道化方の歌舞伎役者。写楽の役者絵が有名。
→『大谷徳次の奴袖助』写楽
けじめ汁を食わせる
「けじめを取らせる」の江戸っ子的表現。
上巻では若衆
この黄表紙の原本は上下二巻構成。上巻の与市は前髪を落としてない若武者姿。
逢いた見たさは飛び立つばかり
はやり小唄「逢いたさ見たさは飛び立つばかり、籠の鳥かやうらめしや♪」。