お江戸のベストセラー

霞之隅春かすみのくまはるの朝日奈あさひな

7

霞之隅春朝日奈 07

手長島はもともと手癖が悪いヤツなので、ある夜、体と左手は家で寝たまま、右手だけの黒装束で近所の金持ちの商家に盗みに入った。
すると、この家の女房が美しく寝乱れていたので、手長島はたまらずのぼせ上がってしまう。落ち着こうとして心気を足に下ろそうと思ったが、ここには手しかないのでしょうがない。

その時、亭主が気がついた。
「やれ、バケモノだ!」
手長島はあわてて、宝の山に入りながら手をむなしくして逃げ帰る

ドロツクツ、ドロツクツ。
手長島大願成就、片腕ない。」

亭主「さても、さても、長い手だ。『長手おの字の名をついで』だ。」

注釈

心気を足に
東洋医学の考え方。心気を足心(そくしん:足裏のツボ)に下ろすことによって、冷静さを取り戻す。
宝の山に入りながら手をむなしくして逃げ帰る
慣用句。チャンスを生かせず、なんの利益も得られずに終わること。
大願成就、片腕ない
歌舞伎などでよく使われるフレーズ「大願成就、かたじけない」のもじり。
長手おの字の名をついで
歌舞伎舞踊『新曲高尾懺悔』の一節「年があいての楽しみは、やがておの字の名をついで~」のもじり。
「おの字の名」は、頭に「お」がつく三文字の名(お仙など)。吉原の遊女高尾(の亡霊)が、年季が明けて源氏名から普通の名になることを想う。