景清の目玉は、なんとかして頼朝公の御前へ近づこうと思っていたが、近ごろ、相模川の橋の落成供養に頼朝公がご出馬になることを聞きつけた。
目玉はさっそく御うまやへ忍び込み、生き馬の目を抜いてそのあとへ入り込む。頼朝を落馬させ、ひと思いに蹴殺してみなの目をおどろかそうと、馬は荒れに荒れまくって目覚ましく駆け出した。
その時、重忠立ちふさがって、懐中より日向勾当の官金五百両の証文を出し、荒れている馬の鼻づらへつきつけた。
「その方、かくまで頼朝公をうらみ奉れども、頼朝公は景清を勾当にして給金をくだされ、宮崎に楽隠居させなさった。頭巾・紫の衣・ 片撞木の杖、頭のてっぺんから足の爪先まで君のご恩情のいたらぬところはなく、この代金つもって都合一千両! この金を返すか、頼朝公の首を取るか、サァサァ、どうだ、どうだ! 一千両では目が飛び出るか。十両や二十両の目くされ金ではねぇぞや。『鹿毛というも馬の名、清しというも月毛の縁』とかいう琴歌を今さら唄っても、おそまき(手遅れ)だ!」
さては、景清を勾当になさったのも頼朝の恩情だったか。そうとは知らず怨んだのは、この目玉の目がねちがい。今、千両という金を出せと聞いては、
「ああ、目が出る、目が出る!」
と、たちまち目玉が飛び出した。
これが『目ん玉が飛び出る』の由来である。
重忠「おれの目の黒いうちは、なにをしても、かなわぬこと…フフン。」