お江戸のベストセラー

悪七変目あくしちへんめ景清かげきよ

11

悪七変目景清 11

重忠は、目玉騒動から思いついて「目かつら」というものを作り、これを吉原のたいこ持ち目吉めきちに伝えた。
今、座敷芸で流行っている「七変目」という芸が、まさにこれである。

目吉「この次は、“色目” と “のみ取りまなこ” でござります。」

まさのぶ
山ひがし京伝

注釈

目吉
吉原の幇間。いろいろな目かつら(目だけの仮面)で変相しながら笑いをとる芸「七変目」が大ウケした。
のみ取りまなこ
のみを取るときのような真剣な目つき。
まさのぶ
山東京伝の絵師としての画号は北尾政演(きたお まさのぶ)
山ひがし京伝
山東京伝は、はじめは「やまひがし」と名乗っていたが、みんなが「さんとう」と呼ぶので、そのうちどっちでもよくなって、やがて「さんとう きょうでん」で落ち着いた。