お江戸のベストセラー

鎌倉かまくら頓多意気とんだいき

5

鎌倉頓多意気 05

祐経すけつねどのは、大頭のことを近江おうみ八幡やわたに申しつけた。二人はいくら探しても、なかなか主人に似た大頭が見つからなくて困っていたが…ふと思いつく。
「どうも、おらが旦那は親玉に似てござる。」
てなわけで、『しばらく』の大頭を取りよせ持って来た。

八幡やわた「これにて、おん間に合いんや!」

祐経すけつね「他になければしょうがない。その赤い筋は俺には似合うまいが、今から作らせても急にはできまいから、まず、それにしておこう。」

近江おうみ八幡やわたの旦那のお約束の口上ですが、あとの地口じぐちがでません。」

祐経すけつね似たわ、似たわ。」

近江おうみ「わたくしなぞは、ひとつや二つでは足りません。せがれたちにも用意してやらねばならず、近ごろ、頭、頭とやかましくてたまりません。」

祐経すけつね「その方たちも、こしらえずばなるまい。心がけあれ。ちっとずつなら助けてやろう。」

注釈

祐経
工藤祐経(くどう すけつね)。頼朝の寵臣。
近江と八幡
近江小藤太(おうみ ことうだ)と八幡三郎(やわた さぶろう)。共に祐経の家臣。
親玉
歌舞伎役者、四代目市川団十郎。引退後、深川木場で門弟を育成し「木場の親玉」と呼ばれた。
市川団十郎家が得意とする歌舞伎の荒事。あらゆる危機一髪を主人公の荒事役が「しばらく!」の一声とともに現れて力技で解決するという、単純明解な演目。主人公には、よく鎌倉権五郎が当てられた。
鎌倉権五郎は平安末期の「後三年の役」で名を馳せた坂東武者。戦さのとき弱冠16歳だったため、歌舞伎でも角前髪(つのまえがみ)がある若武者として演じられる。このページの絵にある大頭が、まさに鎌倉権五郎、16歳!
→二代目団十郎の鎌倉権五郎
地口
ダジャレ。語呂合わせ。
このくだりは、八幡が歌舞伎の口上をまねて進言するのを祐経が「似てる、似てる」と楽しんでいる。
似たわ、似たわ
江戸歌舞伎『寿曽我対面(ことぶき そがのたいめん)』での工藤祐経のセリフ「その面差し、ハテ誰やらに似たわ、似たわ」のもじり。