<解説>
作者、桜川慈悲成は、江戸後期の戯作者です。多芸多才で知られ、落語や狂歌などでも才を発揮しました。
絵師は、のちに浮世絵の第一人者となる初代豊国。若い豊国(25歳)の遊び心あふれる絵が楽しめます。
『鎌倉頓多意気』は、鎌倉を舞台に鎌倉武者たちがドタバタを繰り広げるコメディです。といっても、この鎌倉は江戸の「時代物」にありがちな、ちょっと特殊な鎌倉です。
江戸の歌舞伎や浄瑠璃での「時代物」は、ストーリー的には過去の話を題材にしても、時代的には当時の江戸を舞台とします。つまり、過去の歴史上のヒーローたちが、江戸を舞台に江戸の風俗の中で活躍するのが「時代物」のお約束です。
この「時代物」での鎌倉は、源平合戦の末に頼朝公が天下を統一した泰平の世です。武将たちは敵味方関係なくすべて頼朝の家臣となっていて、しかも、その鎌倉時代の武者たちが、あたり前のように江戸の浅草や吉原にくり出す、ちょっとカオスな「鎌倉」なのです。
『鎌倉頓多意気』は、この「鎌倉」で頼朝公の頭のデカさが巻きおこす騒動のお話。
江戸では、頼朝公は大頭だったという俗説がありました。『平家物語』の「頼朝の顔が大きい」というくだり(巻八「征夷大将軍院宣」)あたりが拡大解釈されたのか、とかく頼朝の頭のデカさは評判でした。
「膝枕、政子の股にしびれきれ」
「拝領の頭巾梶原縫い縮め」
なんて川柳もあります。
さらに、頼朝公の大頭ネタの江戸小咄をひとつ。
回向院に開帳あり。
案内「これは当寺の霊宝、頼朝公のしゃれこうべでござい。近う寄ってご覧くだされませ。」
参詣「頼朝のしゃれこうべなら、もっと大きそうなものだが、これは小さなものじゃ。」
案内「これは頼朝公、三歳のときのしゃれこうべ。」
『鎌倉頓多意気』での大頭ネタは、話よりも絵のほうのインパクトが強烈です。見るだけでも楽しめる、お江戸のシュールなギャグが詰まった絵草紙です。
なお、タイトルは当時流行っていた人形浄瑠璃の時代物『鎌倉三代記』のもじりです(…たぶん)。