お江戸のベストセラー

風流志道軒伝ふうりゅうしどうけんでん

現代文

巻之四(1)

浅之進、世界をめぐる

風まかせ、羽扇まかせの気まま旅。
こんどは長大な大河のほとりに降り立った浅之進。だいぶ遠くまで来たらしく、あたりには見たこともない樹木が生い茂り、水を満面にたたえた大河の迫力は、日本の川とはだいぶ趣きが異なる。
岸辺にある木の根元に腰かけ雄大な流れを眺めていたが、よく見ると河の中ほどに四、五人の人影があるのに気がついた。大河を歩いて渡っているらしく、水の高さは腰にも届いてない。なんだ…見かけほど深くないのかと、ちょっと拍子ぬけした浅之進は、ひとつ話のタネに自分も大河を歩行かち渡りしてみようと思い、裾をまくって流れの中に入って行く──が、すぐ後悔した。その深さはハンパなく、あっという間に流れにのまれて浮き沈み、息もできずに必死こいてたのみの羽扇を振りまわす──と、さすが万能の羽扇、まわりの水が一気に引いて足下に川底が現れた。歩くと河の中に道ができ、浅之進はやっとの思いで向う岸にたどり着く。
そのようすをさっき河の中にいた人たちが興味深そうに見ている。彼らも大河を渡りきったらしく、その姿を見れば身体の大きさは日本人と変わらないが、足の長さがケタ外れで、どう見ても一丈四、五尺(4m強)はありそうだ。
そうか、あの足ならこの深さでも渡るのに苦労はないだろうと浅之進も納得したが、ここは長脚国ちょうきゃくこくといって足長族の住む国である。

「あれは、すごい羽扇だ!」
足長たちは、浅之進が羽扇を使って大河を渡るのを見ておどろいている。
「欲しい…。」
どうも、よからぬ相談をしているようだが、さすがに羽扇の力を目の当たりにしているので、うかつに手も出せない。
「これは、手長たちの手を借りたほうがいいな。」
手長というのは、となりの国の長臂国ちょうひこくの住人で、手の長さが一丈四、五尺(4m強)もある手癖の悪い連中だ。その長い手で何でも盗み取ってしまう。

そんな悪だくみがあるとも知らず、浅之進はヘトヘトになって、道の辺にある茶屋で座敷を借りて横になった。
しばらくして浅之進が寝入ったころ、上の引窓が音もなく開き、細長い腕がスルスルと入りこんで部屋中を物色しはじめた。その手が羽扇をつかみ、まさに持ち去ろうとするその時、浅之進、ハッと気がつき、
「すわっ! くせ者!!」
と、懐剣抜いてバッサリその手を切り落とす! 腕は「ぎゃっ!」と言って引っこんだが、そのとたんあたりに不穏な空気が立ちこめ、突如戦さの攻太鼓せめだいこが鳴り響いた。

風流志道軒伝 041

これは一大事と、あわてて外へ走り出た浅之進だが、すでにまわりは見上げるような巨人に囲まれている。よく見ると手長を担いだ足長たちで、合体すると手も長く足も長い──その高さは三丈(9m)あまり。十重二十重とえはたえと、はるか先まで取り巻くその数、数万人! 天地を揺るがすようなオタケビを上げ、怒涛のごとく押し寄せて来る。
飛んで逃げようにも、飛び立つとろこをつかまれてはひとたまりもない。どうしようかと、あぶら汗流してウロたえる浅之進だったが──ここは覚悟を決めて心の中で仙人の加護を請い、いきなり突進して羽扇で足長の向こうずねをなぎ払った。すると、足長は竿竹のようにあたりを巻き込んでバタバタと倒れていく。もともと脚が長すぎて不安定なところに手長を担いでいるので、ちょっと払っただけでおもしろいように倒れる。
手長は浅之進を引っつかもうと、やっきになって長い手を伸ばしてくるが、それを右へ左へかわしての大立ち回り。無我夢中で羽扇をブン回せば、ついには数万の手長足長どもを残らずなぎ倒してしまった。

浅之進は、ひと息ついて空からようすを見ていたが、手長どもがみなクモの子を散らすように逃げ去ったあとも、足長たちは折り重なってジタバタするだけで起き上がる気配がない。じつは、足長は一人では起き上がることができず、コケたときは腰に下げた太鼓を叩いて仲間を呼び、大船の帆柱を立てるときのように滑車を使って起こしてもらうのである。しかし、今や起こしてくれる者が一人もいないので、そこら中で太鼓の音だけがむなしく響いている。
これは、さすがに浅之進もあわれに思ったのか、地上に降り立って羽扇をふり仰ぎ、突風を巻き起こして足長たちを立たせてやった。呆然としている足長どもを尻目に、浅之進は空高く舞い上がっていく。

それから四、五千里(1.5~2万km)も飛んだころ、大きそうな国を見つけて立ち寄った。
ちょっと田舎くさい感じはするが、住人はみな普通の大きさで、とくに変わったところはない。通りを歩いていると、あちこちに駕籠かごかきのようなやからが棒を持って客引きをしている。
「棒やろう! 棒やろう!」
日本の「カゴやろう」と同じようにも思えるが、肝心のカゴが見当たらない。不思議に思ってようすを見ていると、客らしき男がやって来て棒かきの前でいきなりもろ肌を脱いだ。すると、その胸にはポッカリと開いた穴があり、棒かきはその穴へ棒を通して客を担ぎ上げ、コリャサ、コリャサと去って行く。
ここは穿胸せんきょう国といって、男も女もみな胸に穴がある人が住んでいる国である。胸に通した棒に支えられてユラユラするようすは、なんだかとても気持ち良さそうに見えて、浅之進もちょっとためしてみたいと思ったが──穴がないのでしょうがない。
さらに先へ行くと、立ち並ぶ家々も増えて人通りも多くなり、だいぶ賑やかになってきたが、やっぱり田舎くさくてパッとしない。そんな中、色白美男のオシャレ江戸っ子浅之進は、よく目立ってまわりの注目を集めている。とくに女たちの熱い視線を感じて気を良くした浅之進は、しばらくこの町に滞在することにした。

そのうち浅之進の評判は国中に知れわたり、やがて国王の大孔王たいこうおうの耳にまで届く。王は興味を示して、さっそく使いをやって浅之進を召し出した。
謁見にのぞむ浅之進を見て、群臣たちもその美しさに目を丸くする。大孔王に男子はなく、年ごろの姫宮が一人おいでになるが、王は浅之進を見て一目で気に入り、ムコに迎えていずれは国を譲ろうと評議にかけた。群臣たちに異を唱える者はなく、目をキラキラさせてウットリしている姫君には聞くまでもない。話はトントン拍子に進み、最後はバンザイを唱えてまとまったようだ。カヤの外に置かれていた浅之進だったが、じつは姫君の素朴な魅力にちょっと心が動いているようす。
協議がまとまると、女官たちがワラワラと群がってきて浅之進を担ぎ上げ「お召し替え!」と言って奥の間へ運んで行った。部屋の中には、きらびやかに金銀を飾った天子の装束が置いてある。女官たちは慣れた手つきで浅之進の帯をとき、有無を言わさず着物をはぎ取っていく──が、浅之進のもろ肌があらわになると一瞬で凍りついた。
「穴がない…。」
「コイツ、穴がない!!!」
悲鳴を上げて着物を放りだし、女たちはあっという間に逃げ去ってしまった。
ぽつんと一人、半裸で取り残されてしまった浅之進だが、どうやら向こうでは大騒ぎになっているらしく、そのうちにドタドタと大臣が部屋に駈けこんできた。
「おまえの容姿が優れているのを見込んで大王はムコに迎えようとなさったが、女官たちの話では、おまえの胸には穴がないと言う。すべてこの国では智恵ある者は穴大きく、智恵のない者は穴が小さい。ゆえに、穴の小さい者は高位につくこともできないが、ましてや、穴のない者が天子の座につくなどもってのほか! これまでの約束はなかったことにして、早く国から追い払えとの大王の御命令である。かくなる上は、一日たりとも国に留まることはならん。四の五の言わずとサッサと立ち去れい!」
大臣はきっぷよくまくしたてた。
浅之進は、姫君を想って胸をさぐったが──穴があるじゃなし、傷心のまま穿胸国せんきょうこくを後にした。

それからも浅之進は精力的に世界をまわり、蝦夷(北海道)や琉球をはじめとして、モウルチャンパン、スマトラ、ボルネオ、ペルシャ、モスクワ、ペグウアラカン、アルメニア、天竺(インド)、オランダと、世界中の国々を見て歩いた。

さらに加えて、おかしな国にも足を伸ばす。
たとえば『うてんつ(遊び人)国』という国がある。住人はみな働くことを知らず、髪は本田に銀ギセル、短羽織に日和下駄、浄瑠璃、三味線、お座敷芸、お花を回して、ただ遊ぶことだけを生きがいとする。なので、この国では時に大水が出て、親の代からゆずり請けた家業株、屋敷、家財道具、衣類、ことごとく流され、火が出ることもよくある。
その隣りには『きゃん(侠客)島』というのがある。神も仏も儒教の教えもなく、身体中に絞り染めのような模様があり、“言いがかり” という網を張って “あく鯛(悪態)” という魚を捕って肴にし、大酒呑んで肩で風切って歩く。
さらに、もっと恐ろしい国がある。その名を『愚医国ぐいこく』、または『ヤブ医国』という。この国ではみな頭を丸めているが、たまに総髪の者もいる。学問を修め病を治すことを生業なりわいとしているはずだが、最近はその道をはずれ、書物を見るだけでも目がくらみ尻の下がシビれて学問をすることができない。ただ世渡りのことだけを考え、へつらいを常とし、お世辞とおべっかの妙術を使う。小袖より長い羽織をなびかせ、立派なこしらえのカゴに乗っていて、たいこ持ちのように相手に取り入り、仲人から屋敷の売買まで頭フリフリなんでもこなす。見てくればかりの薬箱も銀の金具はキラキラ輝いているが、中の薬はどうでもよく、牛膝ごしつは牛の膝と覚え、鶴虱かくしつは鶴のシラミとでも思っている。まさに、笑止千万な国である。
また、まるで融通がきかない『ぶさ国』というのもある。『しんござ国』ともいうが、この国の人はデカい顔して国なまりで文句を言いまくり、他国の者に横柄な態度をとることを信条とする。好色だが女には嫌われ、カゲで笑われても気づかないほどバカである。
あとは『イカサマ国』というところへ行ったが、この国では人を集めてチョボイチ島へ連れて行き、ひとつ目から六つ目まである猛獣に食いつかせて丸裸にするのが生業なりわいなので、浅之進も早々に逃げ去った。

世の中には、いろんな国があるものだ。

注釈

穿胸(せんきょう)
→『和漢三才図会』穿胸
モウル インドのモゴル地方
チャンパン インドシナの国
ペグウ ビルマの南にあった国
アラカン ビルマの西にあった国
※宝永五年(1708)に刊行された『増補華夷通商考』(西川如見)を参照。
おかしな国
ここからの国は、実際の国ではなく江戸当時の風俗を諷刺しているだけです。
髪は本田に銀ギセル、短羽織に日和下駄
放蕩息子の基本ファッション。本田は粋人のあいだで流行った本田髷。日和下駄は歯の低い下駄(助六下駄)。
お花
お花独楽(こま)。六角柱の木材に心棒をつけて各面に絵を描いたコマ。回してどの面が上になるかを当てる賭けで使われた。
家業株
代々の家業の営業権。売買もされる。
流され、火が出る
質流れして、家計は火の車。
牛膝(ごしつ)
イノコズチの根の生薬。利尿薬。
鶴虱(かくしつ)
ヤブタバコの実。腹の虫下し薬。
ぶさ
武左衛門の略。野暮な田舎侍を蔑視した呼び名。
しんござ
新五左衛門の略。これも田舎侍の蔑称。
チョボイチ
1個のサイコロを振って出る目を当てるシンプルな博打。六つ目まである猛獣はサイコロのこと。