そのころ、伊勢国の鈴鹿山に鬼神が出没して付近の住民を悩ませていた。征夷大将軍の坂上田村麻呂に宣旨が下り、退治せよとの勅命を受ける。しかし千の手がなくては、「ひとたび放せば千の矢先、雨あられとふりかかって──」というお決まりの見せ場にならないので、田村麻呂が千手の御手を借りにくる。
千手観音
「今はぜんぶ貸し出して一本もありませんが、急ぎ集めてお貸ししましょう。」
田村麻呂
「一本につき南一ぐらいでお貸しくださるとありがたいのだが。」
千手観音は千兵衛といっしょに御手を回収してまわり、今度は田村麻呂に貸し出してまた儲ける。
千兵衛が返ってきた御手を調べている。
女郎に貸した手は小指がなくなり、握りこぶしで返ってきた手はキズだらけ、塩屋へ貸したのは塩辛く、紺屋のは青くなって、下女のはぬかミソ臭く、アメ屋はネバネバ、飯炊きはしもやけだらけで、米搗屋はマメだらけ──あげくに剛毛の生えたのや指が焦げたのまである。
千兵衛
「人差し指と中指から変な匂いがする。こいつは、どうしたわけだ。」