お江戸のベストセラー

絵本えほん みずそら

跋

〈大意〉

ある人が言う。この絵は、素人の不器用者が描いたのか?
私は答える。ことわざに三月庭訓さんがつていきん公冶長こうやちょうとあるが、これは根性がなくて何事もやり遂げることのできないことを言う。まさしく耳鳥斎にちょうさいの画は根性がなく、海千山千、極上枯れの名品──まるで暮れどきの祇園のように中途半端だ。

「水や空」とは何か? それは捉えどころのないことだ。では、捉えどころのないとは何か? それは、狩野かのうを写さず、土佐を模せず、鳥羽僧正を学ばず、栂尾とがのお上人に習わず──つまり唯一無二であり、一流ということだ。

金銀星を祭る夜、太平館中に書す。

印[銅脈之章]

ばつ(あとがき)は、江戸時代中後期の狂詩作者、銅脈先生による。

  • 三月庭訓:『庭訓往来(ていきんおうらい)』という12ヶ月分ある手紙例文集を習字の手習いとして始めて、3月くらいでやめてしまうこと。三日坊主の意。
  • 公冶長:『論語』二十編のうち第五編の『公冶長』あたりで飽きてしまうこと。
  • 狩野・土佐:狩野派、土佐派。どちらも日本画壇の中心にあった流派。
  • 鳥羽僧正:平安後期の画僧。『鳥獣戯画』の作者に擬せられる。江戸期には鳥羽僧正にちなんだ「鳥羽絵」という滑稽な戯画が流行っていた。
  • 栂尾上人:明恵(みょうえ)上人。鎌倉前期の僧。

〈原文〉

ル人ノ曰。此繪素人シロトシテ不器用ナル。予。諺云。三月庭訓公冶長。是根薄ルヲ二レトゲ其終リヲ也。蓋耳鳥。千年于山。千年海。極上ガレ之正物ナリ。豈暮時祇園。中半ナルナラン。水也空。是ツカマ也。無キトハ者何。是狩野土佐ヲ。不鳥羽僧正。不栂尾上人。唯是一流無本寺ナリ。水也空。是以為外題。祭金銀星夜。書太平館中