絵の事は、素人よりも黒極上の役者の身ぶりに吾は筆をふりにし人よりも二三間先、 鳥羽僧正の昼眠のゆめさめざやの落しさしに、ぬき八文字、なげ頭巾、腕まくり、頬かぶ李笠翁の写意は、吾がおよぶ処にあらず。
ただ耳とりて鼻がみの端に書なれし事ども、又ここに写して、すぐに名付て浪華耳鳥斎画。
安永九庚子初冬
素人(しろと)→黒(くろ)極上(役者の位付けの最高位)
身ぶり→筆をふり→ふりにし人(昔の人)
ゆめさめ→さめざやの落としさし→ぬき(さし)→ぬき八文字
- さめざや(鮫鞘):鮫の皮で巻いた刀の鞘
- 落としさし:刀の鞘をタテにする差し方
- ぬきさし:刀の鞘を水平にする差し方
- ぬき八文字:八の字に白く抜いた紋
- なげ頭巾:後ろに四角くたらした頭巾
腕まくり→頬かぶり→李(り)笠翁(りゅうおう)
- 李笠翁:中国、明末・清初の戯曲作家。画技法を説く画譜「芥子園画伝(かいしえんがでん)」を出版し、これは日本でも絵のお手本として重宝された。
- 写意:対象を見た目どおりに写すのではなく、その本質や描き手の精神性を表現すること。
- 耳とりて鼻がみ:「耳とって鼻かむ」。無茶なことのたとえ。