<解説>
江戸時代中期、230年前の役者絵です……当惑してしまいます。
ちなみに、こちらは幕末のころの同じ画題の役者絵です(三代豊国 画)。
三代豊国の描く役者絵には完成された美しさがありますが、現代的な感覚からすると、最初の絵のほうの破壊的なインパクトから目が離せません。この刺激的な役者絵を描いたのは、大坂の絵師・耳鳥斎です。意外にも、この絵は当時わりと流行ったらしく、耳鳥斎はユニークな戯画作家として、版本や肉筆画など手広く作品を残しています。
本作『絵本 水や空』は、安永九年(1780)に刊行された役者絵本ですが、この年の舞台に出演した43人もの人気役者が、京・大坂・江戸に分かれて登場します。このタイムリーさと役者数の多さは芝居本としても珍しく、旬の役者や演目のネタ本としても当時の芝居ファンを魅了したと思われます。
内容は、いたってシンプル。歌舞伎のワンシーンを描いた絵に、役名、役者名・俳名が載るだけで、ときどき漢詩の賛(添えがき)が付きます。賛は、跋(あとがき)も書いている狂詩作者の銅脈先生によると思われます。
現代では、この時代の個性派の役者絵作家としては写楽がダントツ有名ですが、どっこい個性で耳鳥斎の右に出る者はいません。芝居愛にあふれたシンプルでユニークな絵からは、当時の舞台の生き生きとした臨場感さえ伝わってきます(想像力を膨らませれば…ですが)。
細かいことは気にせず、ただ眺めるだけで脱力する、江戸期のゆる~いキャラ絵が半端なし!
なお、タイトルの「水や空」とは、あとがきで銅脈先生も書いていますが、なんとも捉えどころのないあやふやなことを意味しています。
※翻刻では、原文にはありませんが、それぞれの舞台の演目名を入れました。すべての演目での安永九年の公演は確認できなかったのですが、どれも当時のホットな演目であることは間違いありません。