<解説>
『方言修行 金草鞋』は、十返舎一九による諸国道中記で、文化十年(1813)から天保五年(1834)まで22年にわたって刊行された長寿シリーズです。
一九の道中記と言えば『東海道中膝栗毛』があまりにも有名ですが、『膝栗毛』で弥次さん喜多さんが目的のお伊勢参りを遂げても(大ヒット作の宿命で)なかなか旅をやめさせてもらえず、二人が木曽路あたりでだらだらしてるころに、趣向を変えた新シリーズとして刊行されたのが『金草鞋』です。これもヒットをとばし、結果的には『膝栗毛』を超えるロングシリーズとなって、一九が死去(天保二年/1831)するまで続きました。最後の数編は、一九の死後、遺稿として出版されています。
『金草鞋』は、奥州仙台藩、岩沼の狂歌師・ 鼻毛延高と狂歌修行中の坊主・ちくら坊が、狂歌を詠みながら諸国をめぐるお話です。最初に訪れるのは、お江戸。『膝栗毛』は、弥次・喜多が江戸を出発するところから始まるので江戸の名所は出てきません。なので、お江戸のにぎわいっぷりに肝をつぶす田舎狂歌師のドタバタは『膝栗毛』ファンにとっても楽しめたのではないでしょうか。さらに一九先生、狂歌を東北弁で詠むという荒技も見せます。
「江戸さあへ つん出来べいと よっぱるかおもい 今度がはじめての旅」
「国さあを やくとう出来て きせちない 旅もあだけて 気ばらしぞする」
この意味不明さは、江戸っ子も大ウケでしょう。なお、初編には東北弁の対訳表も載ってるので解読することも可能です。
江戸編のヒットに続き『金草鞋』は、東海道、京大坂、木曽、常陸、奥州、越後、四国と日本中をめぐります。ですが、さすがに東北弁での狂歌は詠むのが疲れるのか早々に通常版になり、さらに道中記というより観光ガイド的な意味合いがつよくなって、やがて鼻毛・ちくらコンビすら登場しなくなってしまいます。まあ、初期の設定がぐずぐずになってしまうのは、長寿シリーズの常なのでしょう。
とはいえ、日本中の名所を「観光ガイド+絵+狂歌+滑稽噺」という盛り盛りの4点セットで紹介していくという一九スタイルは最後まで保たれます。観光ガイド全盛の現代でさえ、案内と写真のほかに、その場所にちなんだ歌や小噺がついた旅行ガイドブックなんて見たこともありません(需要がないと言えばそれまでですが)。一九先生がヒットするわけです。
『金草鞋』の「江ノ島・鎌倉編」は、シリーズとしては最後期の天保四年(1833)に出版されました。一九の死の2年後の刊行になります。一九は詳細な草稿を残しているので、それも可能だったのでしょう(はたしてこの「鎌倉編」に一九がどれだけ関与したのか、一九は実際に鎌倉を訪れたのか、という疑問はここではスルーします)。
「鎌倉編」の観光ガイド部分で取り上げられている名所旧跡は、びっくりするぐらい詳細です。滑稽噺も(その場所とは関係のない話ばかりですが)下ネタ満載の脱力系一九テイストであふれています。"旅" というお題で語られるさまざまな小話からは、当時の庶民の旅の寸景が浮かびます。
江戸時代において、庶民が実際にどれだけ観光旅行ができたのかは別にして、観光ガイドブックを眺めながら旅気分を味わうのは今も昔も同じですね。
この「鎌倉編」には『吾妻鏡』や『太平記』などに見られる旧跡がいっぱいでてきます。鎌倉は歴史に記憶された古都です。記録の中にしか残っていない場所がたくさんあり、それは200年前の江戸時代でも、やっぱり旧跡でした。
たまには、おしゃれ鎌倉をはなれて歴史の中の鎌倉を江戸時代のガイドブックをたよりに訪れてみるのもいいかもしれません。まあ、行っても何もないか、せいぜい碑があるぐらいだけど。