<解説>
作者の山東京伝は、江戸後期の天明~文化期に活躍したベストセラー作家です。
絵を描いているのは、浮世絵師の北尾重政。山東京伝の絵の師匠です。
本作『霞之隅春朝日奈』は、鎌倉初期の坂東武者、朝比奈義秀の “島巡り伝説” をネタにしたパロディです。
朝比奈義秀は、鎌倉幕府初期の重鎮・和田義盛の三男坊。剛力無双で知られ、和田と北条が幕府の覇権をかけて戦った和田合戦で大暴れし、北条方を震撼させた強者です。のちに北条方によって記された歴史書でさえ、その勇猛さを「神の如し」と称賛しています。
合戦は和田方の敗北で終わりますが、一族の者が次々と討死にする中、朝比奈くんは手下を連れてちゃっかり船で脱出──歴史からは姿を消しますが、やがて日本各地に伝説を残しました。
江戸歌舞伎では、猿隈という独特の隈取りをした人気キャラとして、曽我兄弟の仇討ちを題材にした「曽我物」などで活躍します。江戸での朝比奈くんは、剛力無双でありながら、ちゃめっ気があり、人の良い三枚目的な役どころが多いです。
「島巡り伝説」は、中国で紀元前から記された地理書『山海経』などに載っている不思議な人たちが暮らす国々を旅するお話です。日本でも昔からお伽草子などで語られることが多く、島巡りをする主役には義経なども当てられました。やがてこの伝説と、鎌倉の由比ヶ浜から船に乗って消えた朝比奈くんが結びつき、江戸期には「朝比奈島巡り」として絵草紙などの人気ネタとなりました。
朝比奈くんが旅する島々は、巨人の国、小人の国、手長・足長の国、女だけの国、腹に穴が開いた人の国…などなど。まさに、アメージングでワンダーな世界です。
江戸中期に出版された『和漢三才図会』という百科事典の中に、これらの国の不思議な人々が載っているので、いくつかご紹介します。
「島巡り伝説」そのものは古くからあるものなので、江戸ではいろいろ趣向を変えたバージョンで語られました。江戸中期(1763)には、平賀源内が島巡りものの傑作滑稽本『風流志道軒伝』でヒットを飛ばしています。
なので、この『霞之隅春朝日奈』では、京伝先生もだいぶひねって斜め上をねらいます。この作品は「朝比奈島巡り」の後日談です。島巡りから帰って悠々自適の日々を過ごしていた朝比奈くんが、ふと思いついて、こんどは異国の人たちを日本に連れて来ます。このクセのある連中を使って鎌倉でひと儲けたくらむのですが……。
現代ではちょっとまずいかな、という描写も若干ありますが、200年以上前の作品ということで時代性を考慮してお読みください。