お江戸のベストセラー

花東はなのおえど頼朝公御入よりともこうおんいり

9

花東頼朝公御入 09

大仏だいぶつくおう(大仏供養)

頼朝公は、めくり博打から思いついて、次は餅食いをして遊ぼうと、ぐっと地味にお出かけになる。
「色気より食い気! 花より団子!」
三人は、浅草名物の大仏餅の店で一両を賭けて食い競べを始めた。岩永と俣野は、酒も甘い菓子も両方イケる盗人上戸ぬすびとじょうごなので、ここでも頼朝公をこっぴどく食い負かした。

ちょうどその時、平家の侍、悪七兵衛あくしちびょうえ景清かげきよ衆徒しゅとの姿に身をやつして現われた。頼朝公、こんどは重忠の役どころをご自身で演じようと思い立ち、質屋に入れてあった烏帽子えぼし直垂ひたたれを受けもどして景清に渡す。

頼朝「これをやるから、突くなり斬るなり、七ツ屋へぶち殺しなりしろ。つまり晋の予譲よじょうの故事な。知ってるか?」

景清「“しんのよじょう” やら “新造しんぞう(若い遊女)の寝相” とやらは、こっちは知らねぇ。コリャ、今どきの景清が、そんなものをなんに使うのだ。たかが箔押しの烏帽子えぼし直垂ひたたれ、素人狂言じゃあるめぇし。」

頼朝「四の五の言わずに、足元の明るいうちにコレを持っていってお神楽かぐらでも踊れさ。せっかくおれが大食らいしてるところへ来やがって。だいたい、てめえのなりは火事場見舞いの帰りを見るようだ。もちっと気の利いたなりでつけ狙え!」

注釈

餅食い
「めくり」で使う博打用語。意味は不詳。
衆徒の姿に身をやつして
江戸のお話では、景清は大仏供養のときに衆徒(僧兵)に変装して頼朝を狙うが、畠山重忠に見破られ失敗する。
七ツ屋へぶち殺し
「七ツ屋」は質屋。「ぶち殺し」は質入れすること。
晋の予譲の故事
中国春秋戦国時代、晋の予譲が主君の仇である趙王を討つため、変装して刺客となって何度もつけ狙うが、結局最後は捕えられ趙王に諭されて観念する。予譲は仇討ちは断念するが、代わりに趙王の衣服を斬って自決した。
火事場見舞いの帰り
着の身着のままの恰好。
気の利いたなり
江戸のお話では、景清は趣向を凝らした変装で頼朝をつけ狙うのがお約束。この絵の景清のなりは、ちっとも衆徒(僧兵)らしくない。