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花東はなのおえど頼朝公御入よりともこうおんいり

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花東頼朝公御入 07

放生会ほうじょうえつる

こうして計画もまとまり、頼朝公は吉原の丁子屋ちょうじやから花魁おいらん「ひな鶴」をはじめ、鶴という名のついた女郎を残らず身請けして、深川八幡の神前で放しなさった。
むかしは鶴の足へ黄金の札をつけて放したが、こんどは少しヒネって、それ相応の片付金をつけて放してやる。たいそうな物入、さすがの大頭とみえる。

この趣向で身請けされた女郎は、次のとおり。
「ひな鶴」「八重鶴」「あや鶴」「たき鶴」「うら鶴」「きく鶴」「おり鶴」「玉鶴」「あさ鶴」「さよ鶴」、それと、かむろ(遊女見習い)の「つる次」で、締めて十一人。
カゴから放たれた鳥のごとく、みな好いた人のところへ飛んでいく。

「頼朝さんとやらは、ツウな人さんだね。」
「もし花魁、わっちや、どうしんしょうね。枕の引出しへ指輪と金柑のほおずきを忘れてきんした。」

「あや鶴さん、おめえは、河内屋の客人のところへ…さだめしだろうね。」
「好かねぇ八重鶴さんだよ。そりゃあ、むかしのことだね。今は、ほかにいろいろさ。あとは、申しんすめぇ…。」

「つる次や、早く来ねえかよ。」

頼朝「これは、面白い、面白い。この手合いも、晩からは色男を前にして “こちの人” とか猫なで声を出すんだろう。」

俣野「どうせ、お放しなさるなら、駕籠かごを飛ばして放てばいいのに。」

注釈

丁子屋(ちょうじや)
吉原の遊郭。遊女「ひな鶴」とひな鶴付きのかむろ「つる次」は歌麿の美人画が残る。
→『丁子屋内 雛鶴』歌麿
「ひな鶴」をはじめ
丁子屋のひな鶴を含む遊女のみなさんは、作者京伝が手がけた美人画『新美人合自筆鏡』にも描かれています。
→『新美人合自筆鏡』
駕籠を飛ばして
カゴから放って鶴を飛ばすことと、駕籠を飛ばす(急がせる)ことをかける。