お江戸のベストセラー

霞之隅春かすみのくまはるの朝日奈あさひな

9

霞之隅春朝日奈 09

手長島は、転んでもただでは起きないヤツなので、朝比奈の家を出がけに近所のお寺の半鐘を盗んで行ってしまった。
お寺では、いろいろウワサしている。
「昔から背の高い者を “半鐘泥棒” と言うので、これはきっと朝比奈殿のところに居候している背高島の仕業にちがいない。」
てなわけで、坊主たちが文句を言いに来た。

あさ印、困りはてる。
「この背高島は、そんな悪いやつじゃござらぬ。それはきっと手長島の仕業だろう。それでも、どうも仕方がねぇから、半鐘は弁償しましょう。それと背高島も、今後そんな疑いをかけられないように人並みにしてやります!」
そう言うと朝比奈は、背高島にザルをかぶせた

朝比奈「丹波の国から生け捕ったヤマアラシでござい。このザルを見ると、ソレ逃げ出すわ。逃げるヤツには尻へ釜をぶっつけるぞ。
ハイ、ハイ、お釈迦さまのご誕生!ご誕生!」

背高島高尾太夫の身請け金は背の高さほども積んだというが、おれの背の高さまで積んだら大騒ぎだ。」

注釈

あさ印
朝比奈のカジュアルな呼び名。
ザルをかぶせた
子供がザルをかぶると背が伸びないという迷信。
このザルを見ると、ソレ逃げ出す
大道芸の最後に集金のためにザルを回すと客が逃げ出す。
お釈迦さまのご誕生
釈迦の誕生を祝う「花祭り」で釈迦の立像に甘茶をかけるようすに見立てている。
高尾太夫
吉原・三浦屋の筆頭女郎に受け継がれた源氏名。六代目高尾は姫路藩主に落籍され大名の側室となったが、その身請け金は二千両(今の2億円くらい)。