お江戸のベストセラー

霞之隅春かすみのくまはるの朝日奈あさひな

8

霞之隅春朝日奈 08

朝比奈は手長島の手癖が悪いことを知って、後々のめんどうを恐れて国へ帰そうとする。かといって遠路のことなので、ただ帰すわけにもいかず、ほどほどの路銀をやって追い出した。
これが「手切れ金」の始めという。また、盗みを働く者を「手が長い」というのも、この時から始まった。

朝比奈「いっ時も置くことはならぬ。これを持って出て失せろ。」

背高島昨日や今日のことかいな。左のかいな、右のかいな、かいなく旦那こそ損こいた。」

手長島「ああ、面目ない。今、目が覚めました。手が長いのは、鼻の下が長いのよりタチが悪い。ああ、腕がかたきの世の中じゃなぁ。頭をかくにも手が重くてかけん。」

背高島「これ、くろさん。おめえの目つきにゃあ、こちとら少し北山しぐれだ。」

くろん坊女「いけすかねぇ。くろん坊だのなんのと言ってくんなさんな。そりゃあ昔のこったぁな。」

くろん坊の女は今は美しきシロモノとなり、ちと、うぬ坊さ。

注釈

昨日や今日のことかいな
人形浄瑠璃『恋娘昔八丈』の一節「お前と私がその仲は、昨日や今日のことかいな」と腕(かいな)をかけたシャレ。
腕が敵の世の中
「金が敵の世の中」のもじり。
北山しぐれ
もともとは腹が空いたこと。京の北山に時雨が降ると山に霞がかかってだんだん透いたようになることから「腹が空いてきた」のシャレで使う。さらに、ここでは「空いた」と「好いた」をかける。