お江戸のベストセラー

霞之隅春かすみのくまはるの朝日奈あさひな

3

霞之隅春朝日奈 03

朝比奈一行は、ほどなく鎌倉へ着いた。

みんな冗談のような連中なので、なにか面白い使い道があるだろうと、朝比奈はいろいろ思案する。
まず、腹に穴のある人を裸にして剣菱けんびしのむしろを巻き、口から酒を注いで腹の穴へ呑み口をつけて酒樽の代わりにした。

朝比奈「『鼻の穴へ屋形船を蹴こむ』とは助六の悪態にもあるが、『腹の穴へ呑み口』とは新しい。」

手長島「親方、これは妙案です!」

穿胸国せんきょうこく「ああ、こいつは切ない役目だ…。」

そういえば、
わが心 開けて見せたき折々は 胸に穴ある島もなつかし
という狂歌を思い出した。

注釈

剣菱
江戸で人気の高かったお酒。当時、剣菱を扱っていた神田橋の酒店豊島屋は現在も営業中。
助六
歌舞伎『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』。
「大ドブへさらい込むぞ! 鼻の穴へ屋形船を蹴こむぞ!!」
わが心 開けて見せたき折々は
胸に穴ある島もなつかし
天明期の狂歌四天王の一人、馬場金埒(ばば きんらち)の狂歌。両替商をやっていた金埒が胸の穴を銭通しに見立てている。
大意:胸に穴が開いた人のように我が胸の内を見せたいが、私の胸に穴はないので無理だね。